【LGBT法制定】更衣室やトイレはどうする?LGBTへの職場対応

新法・新判例

性的少数者である当事者を含め、誰もが働きやすい職場環境を整えることについて多くの企業が関心を寄せています。その一方で、周囲からは当事者が直面する困難は見えづらく、企業による取組がなかなか進まないのが現状です。

本記事では

LGBTの定義
LGBT法案の概要

について説明します。

 そして後半、LGBTへの職場対応について

トイレや更衣室
カミングアウト
セクハラ
採用活動
退職勧奨
配置転換

の注意事項を解説します。

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櫻井弁護士

学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。

LGBTとは

LGBTとは

まず「LGBT」の概念を確認しましょう。

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事務員

最近よく耳にしますが、何の略語なのでしょうか?

多様なセクシャリティ

従来、人の性別は女性または男性に明確に分かれており、女性は男性に、男性は女性に恋愛や性愛の感情をもつのが自然であると考えられてきました。

しかし20世紀後半以降、同性愛者の権利運動と性科学等の学術研究が進んだ結果、性は多様性をもつものと認識されるようになります。

そして現在、性は身体的性別・性自認・性的指向によって構成されるという考え方が一般的です。これら要素にも濃淡や強弱があるため、相互に組み合わされた性のありかたはもはや無数に存在するといえ、従来のように「男か女か」と性を二分することは困難となっています。

「LGBT」という概念は、性的少数者のうち特に広く知られているレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字を取ったものですが、これら4つに限らない性的少数者の総称として用いられています。

性自認、性的指向への理解

 性の構成要素のうち性自認と性的指向は、本人の意思で選択したり変えたりできるものではなく、また矯正したり治療したりするものではありません。個人の尊厳に関わる問題として社会全体が尊重し、当事者の生きにくさを取り除くことが大事と言えます。

 そして仕事に関しては性的少数であることが適性や能力に影響することはほとんどありません

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櫻井弁護士

だからこそ、企業は合理的な配慮をもって職場環境を整備する必要があるのです。

令和5年6月LGBT法制定

令和5年6月LGBT法制定

 このような時代を背景に、令和5年6月23日「LGBT法」が制定されました。

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事務員

具体的にどんな内容なのでしょうか?

「差別禁止」法ではなく「理解増進」法

(事業主等の努力)
第六条 事業主は、基本理念にのっとり、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関するその雇用する労働者の理解の増進に関し、普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等を行うことにより性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する当該労働者の理解の増進に自ら努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策に協力するよう努めるものとする。

性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律 | e-Gov法令検索

 正式名「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」からわかるように、性的少数者に対する国民の理解を増進し、そのための取り組みを促す理念法です。

 諸外国に見られる「差別禁止法」ではなく、罰則規定等は設けられていません。

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櫻井弁護士

また国や地方自治体、事業主、学校等に一定の努力を求めるに過ぎず、具体的な義務や負担が発生するものでもありません

事業主の法的責任

 事業主が性的少数者である労働者への配慮を怠った場合、以下の法的責任が発生します。その際、事業主が果たすべき義務内容についてLGBT法の理念が考慮されることになります。

安全配慮義務(労働契約法5条)

職場環境配慮義務違反(労働安全衛生法3条1項)

職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置(男女雇用機会均等法11条)

役員等の第三者に対する損害賠償責任(会社法429条1項)

使用者責任(民法719条)

更衣室はどうする?LGBTへの職場対応

更衣室はどうする?LGBTへの職場対応

 ここからは職場において問題となり得る事項について解説します。

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事務員

トイレや更衣室をどうすべきか、対応例も紹介します。

トイレ・更衣室

トランスジェンダーの社員から、身体上の性別でなく心の性別に応じたトイレ利用の申出があった。どのように対応すべきか?

性同一性障害職員(経済産業省)の女性用トイレ使用制限を違法とした最高裁判決(令和5年7月11日)をもとに、とるべき対応を検討します。

求められる対応

 同判決を受けて問題意識を強くもった企業も多く、現時点では性別を問わず利用できるトイレ(オールジェンダーレストルーム)の設置も一つの方法ではあるでしょう。

しかし、職場の規模や環境、職種、職員の人間関係等、事情は様々であり、設備を作ればよいという一律解決になじむものではありません。本人の希望を確認すると同時に、他の職員の意向や反応にも十分な配慮しながら、職場の環境維持、安全管理、施設構造、費用等から最適な解決策を探っていくという姿勢が何より大切です。

最高裁もこの点を重視しており、判決では、約5年間、本人に性別適合手術を受けるよう促すのみで、対応を見直す等の措置もとらず漫然と放置した点を指摘しています。したがって、各企業は本人との協議を継続しつつ、適宜対応を見直す必要があります。

また本人としてはジェンダーフリーのトイレを利用したいのではなく、心の性に応じたトイレ利用を要望する場合もあります。

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櫻井弁護士

そこで以下の要素を満たせば、要望に応じることを検討すべきです。

医師による性同一性障害であると診断
本人のこれまでの職場での振る舞い
研修等により一定程度の理解を得られる状況
パス度(本人の性自認が外見上第三者から認識されているかを表す度数)

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事務員

更衣室はどうでしょうか?

更衣室では各人が衣服を脱ぎ、無防備な状態になる場所であることから、トイレ以上の配慮が求められます。

協議や対応見直しを重ねることはもちろん、実際の措置については女性社員のみならず、性同一性障害(性転換症)者についても、奇異の目でみられることのないよう配慮することが重要です。

カミングアウト・アウティング

社員から性的指向や性自認に関係するカミングアウトを受けた場合の対応は?

当該社員に対して

 まずは本人の話を落ち着いて受け止めましょう。積極的なアドバイスをするというよりは、本人の話に耳を傾け対応を共に考えるというスタンスです。対話では性には多様性があることを十分に理解したうえで、過度に驚いたり、「治らないの?」といった不用意な言動は慎むべきです。

そしてカミングアウトは個人的な選択であり、強制すべきではありません。「(他の社員に)カミングアウトしなければ何もできない」等の強制となりかねない発言をしないよう注意する必要があります。

職場に向けて

無用なトラブルを生じさせないためにも、カミングアウトを受けた場合の対応について、社内研修等により社員に周知しておく必要があります。

またカミングアウトは本人の選択であるため、たとえ善意であっても勝手に開示(アウティング)すべきではありません。機微な個人情報であることに留意し、緊急性のある場合、やむを得ない場合を除いては、開示の範囲・内容等について本人との間で協議をし、本人の了解を得たうえで開示するといった配慮をすべきです。

セクハラ

性的指向・性自認に関係する言動もセクハラに該当するか?

 セクハラについては男女雇用機会均等法11条1項が規定しており、同法に関するセクハラ指針が平成28年に改正、性的指向・性自認に関係する言動もセクハラとなることが明記されました。

指針では、セクハラには異性だけではなく同性に対するものも含まれること、被害を受ける者の性的指向・性自認にかかわらず性的な言動であればセクハラに該当することが示されています。

「ホモ」「レズ」といった蔑称はもちろん、「そのまま男(女)としてがんばれないのか」「子どもはいらないのか」といった性の多様性に関する配慮が欠ける言動についても、セクハラとなり得ることに注意して下さい。

採用

採用活動で気を付けるべき点は?

採用面接時の確認

 LGBT研修を行い対応も備えている企業であれば、入社後の個別対応を確認するため、申告は任意であることや不利益は課せられないことを担保したうえで、採用面接に性的指向等を確認することは許容されるでしょう。

 これに対して、何らの備えもない企業があえて性的指向等を確認することは不当な就職差別と捉えられ不法行為責任を問われる可能性があります。

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櫻井弁護士

したがって面接時の確認は控えるべきです。

不採用

 性的指向等と能力は基本的には無関係ですので、性的指向等のみを理由に採用を拒否した場合には違法と判断される可能性が高いと解されます。

内定取消

採用決定後、外見上の性や自認する性とは異なる性別を履歴書に記載していたという事実だけで内定を取消すことに合理的な理由は見出しがたく、解雇権の濫用として無効とされる可能性があります。

退職勧奨

人員削減のため退職勧奨を実施する予定です。注意すべきことは?

LGBTを理由に退職勧奨を行うことは不当な差別・偏見に基づく行為であり、違法と判断される可能性が高いといえます。

人員削減等の目的であった場合でも、LGBT社員に対してのみ不利な条件を付す、又はLGBT社員を他の社員に優先して勧奨の対象とすることも、不当な差別であり違法となり得ます。

これに対して性的指向等とは関係なく、能力不足や非違行為を理由によりLGBT社員に対して退職勧奨を行うことは許容されます。

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櫻井弁護士

ただしその場合でも、不当な差別であると判断されないよう、退職勧奨を行うに至った理由を合理的に説明できるようにしておくべきです。

配置転換

戸籍上は「男性」の営業職社員がカミングアウト後、心の性に従って女性の化粧装いで取引先を訪問するようになり、先方からクレームがきている。配置転換で内勤を命じることはできるか?

 当該社員との間に営業職の職種限定特約がある場合には、配置転換命令は無効です。

 上記特約がない場合でも、配置転換に業務上の必要性は乏しいと思われます。というのも、クレーム自体が性的少数者に対する理解不足や差別に基づく可能性が高く、これに対しては社員の働き方への理解が得られるように取引先へ真摯に説明することが企業には期待されています。しかるにクレーム後直ちに配転を行えば、企業自体に差別意識があり配転は見せしめといった不当な動機・目的をもってなされたと評価されかねません。

そこで問題のある取引先のみ担当を外す、又は配転を行うにしてもキャリア上の不利益を必要最小限にする方策を検討するというように、本人と協議する中で具体的な解決を見出していくことが求められます。

まとめ

 調査機関や調査方法によってデータにバラつきがありますが、 日本におけるLGBTの割合は約3%〜10%と言われており、どの職場にも「LGBT社員がいる」と言ってよいかもしれません。

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櫻井弁護士

LGBT法が施行され、実際の職場対応について悩む事業主も多いと思われますが、まずはできることから始めてみる、という柔軟な対応が求められているのではないでしょうか。

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櫻井 俊宏

櫻井 俊宏

「弁護士法人アズバーズ」新宿事務所・青梅事務所の代表弁護士。 中央大学の法務実務カウンセルに就任し7年目を迎える。

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