婚前契約書とは、一般的に、結婚を控えた二人が結婚後の財産や生活に関する取り決めを文書にまとめた契約のことです。
この契約書は、結婚後の資産分配や夫婦の生活費の負担、万が一離婚する場合の取り決めなどを事前に話し合い、明確にするために作成されます(民法第755条以下参照)。
婚前契約書は、近年、特に法的に認められている多くの国で注目を集めており、アメリカ等では、「プレナップ」と呼ばれ、習慣化しているようです。特に、ハリウッドセレブや富裕層を中心に普及しているようで、日本でもその重要性が徐々に認識され始めています。
婚前契約書を作成することで、夫婦が将来直面する可能性のある経済的なトラブルを事前に回避し、安心して結婚生活をスタートできるという利点があります。結婚は感情的な結びつきだけでなく、法的・経済的なパートナーシップでもあるため、これを適切に管理することが大切です。
本記事では、
①婚前契約とは?どのような場合に作成するのか? ②婚前契約の法的効力 浮気の違約金が公序良俗違反となる場合とは? ③婚前契約書を専門家に作成してもらう場合の注意点 ④婚前契約書のテンプレート |
を解説します。
1. 婚前契約書とは?どのような場合に作成するのか?
婚前契約書の最大の目的は、将来的な財産に関する争いを避けることです。
結婚は愛情に基づく契約であると同時に、財産や負債の共有を伴う経済的な契約でもあります。そのため、夫婦間でお互いの権利や義務を明確にすることが重要です。
また、婚前契約書を作成することで、結婚後の生活に関する期待や責任を明確にすることができます。たとえば、生活費の分担方法(どちらが管理するか、水道光熱費は誰が負担するか、日常の費用は誰が負担するか、共通の預金口座を設けるか等)不動産・車等の大きな物の購入をする際の合意(ローンは誰が負担するか)、家庭内の役割分担など、日常生活におけるルールを事前に取り決めておくことができます。
これらを事前に決めておくことにより、結婚生活の中でのお互いの予期せぬ誤解や対立を避けることができますね!
さらに、婚前契約書は離婚時の財産分与(民法第768条)や慰謝料の取り決めに関しても重要な役割を果たします。万が一離婚することになった場合、感情的な問題が絡む中で財産の分割を協議するのは非常に難しいことがあります。しかし、事前に取り決めを行っておくことで、冷静かつ公平な解決が期待できます。
婚前契約書に記載される内容は、夫婦の状況や希望に応じて異なりますが、一般的には以下のような項目が含まれます。
財産の取り扱い
婚前契約書の最も重要な部分は、財産の管理や分配に関する取り決めです。結婚前に個々が所有していた財産や負債、結婚後に得た財産の扱いについて、明確に定めます。たとえば、結婚後の給料や貯金、不動産の所有権、投資利益などについて、どのように分配するのかを事前に取り決めることが一般的です。
また、結婚前にすでに大きな資産を持っている場合、その資産がどのように保護されるのかを明確にすることも重要です。
結婚前から持っている財産は、法的に特有財産と呼ばれ(民法第262条)、それを持っている人が自分で作り出した財産であるので、通常、離婚となった場合の財産分与の対象には含まれません。
ただ、この特有財産は、結婚して長期間の年月が経過していると、結婚時(厳密には「同居時」が基本)にその財産を既に持っていたということが立証しにくい場合があります。
また、結婚時から離婚時(厳密には「同居解消時」が基本)の間にその財産が形を変えていると(例えば、結婚時では株式であったものが結婚中に売却されて現金に代わっていた場合)等は特有財産として認められにくいです。 そこで、たとえば、あるパートナーが多額の不動産や株式を所有している場合、それを結婚後も個人資産として維持するのか、あるいは共有財産とするのか、離婚時にそれをどのように考慮するかを取り決めておくことで、将来的なトラブルを回避できます。
生活費の分担
結婚生活では、日々の生活費をどのように分担するかが重要な問題となります。婚前契約書では、夫婦の収入に応じた負担割合や、家賃、光熱費、食費などの具体的な費用負担の方法を取り決めることができます。
これにより、結婚後の生活における経済的な役割分担が明確になり、無駄なトラブルを防ぐことができます。
離婚時の取り決め
離婚が現実となった場合、相手に対する怒りや感情的な混乱の中で、財産分配や慰謝料、親権などを冷静に決めることは非常に難しいものです。
婚前契約書では、離婚時の財産分与や負債の処理、慰謝料、子どもの親権・養育費について事前に取り決めておくことができます。これにより、万が一の離婚時にも冷静に対応できる環境が整います。
その他の取り決め
婚前契約書には、上記以外にも様々な内容を盛り込むことが可能です。
たとえば、どちらかが仕事を辞めて家庭に入る場合の生活費の保証や、特定の宗教的な行事や慣習を守ることなど、夫婦が重視する価値観やライフスタイルに関する取り決めも含めることができます。
ただ、婚前契約書には、下記のようなメリットとデメリットがあるので、それも踏まえて作成を検討した方がよいでしょう。
メリット
①将来的なトラブルを回避できる
婚前契約書を作成することで、結婚生活中や離婚時に発生する可能性のある財産や生活費の問題を事前に解決できます。これにより、夫婦間での対立を避け、円滑な関係を築くことができます。
②経済的な安心感が得られる
特に大きな資産や事業を持つ人にとって、婚前契約書はその財産を保護する手段となります。結婚後も個人財産として保持することができるため、経済的な不安が軽減されます。
③離婚時の争いを軽減できる
離婚は感情的に困難なプロセスですが、婚前契約書を作成しておくことで、財産分与や慰謝料、親権に関する争いを最小限に抑えることができます。これにより、法的手続きが円滑に進む可能性が高まります。
デメリット
①愛情に影響を与える可能性
婚前契約書の作成は、結婚前に財産や離婚について話し合う必要があるため、感情的な負担を感じるカップルもいます。愛情に基づく関係において、契約書の存在が不信感を生む可能性もあります。
②作成に費用と時間がかかる
婚前契約書を作成するには、弁護士等や公証人の助けを借りる必要がある場合が多く、そのための費用が発生します。また、細かな内容を協議するために時間がかかることもあり、結婚準備の負担が増えることがあります。
③将来的な変更が難しい場合も
婚前契約書は結婚前に作成されるため、結婚後のライフスタイルや経済状況が変わった場合でも、契約内容を変更することが難しい場合があります。定期的に契約内容を見直す必要があるかもしれません。
2. 婚前契約書の法的効力!浮気の違約金が公序良俗違反となる場合とは?
婚前契約書が法的に有効であるためには、いくつかの条件を満たす必要があります。まず、双方が自由意思に基づいて署名することが求められます。一方が強制的に契約書に署名させられた場合、その契約書は無効となる可能性があります。
また、契約書の内容が公序良俗に反していないこと(民法第90条)も重要です。
たとえば、婚前契約書に不公平な条項が含まれている場合や、一方が著しく不利益を被る内容である場合、裁判所はその契約書を無効と判断することがあります。
婚前契約においては、離婚に至った場合や、不貞もしくはそれをうかがわせるような行為があった場合に、「損害賠償額の予定」といって、損害賠償の金額をあらかじめ定めておくことが多いです。
しかし、過去の裁判例で、損害賠償額の予定は、
「法律上保護される利益の賠償の性格を有する限り」で合理性を有し、「著しく合理性を欠く部分は公序良俗に反して無効となる」と判断されています(東京地裁裁判例平成25年12月4日判決)。
損害賠償額の予定について、青天井とすると、いいかげんな気持ちで超高額の賠償額に同意した場合もその債務が発生すると、混乱を招くので、当然の内容と言えるでしょう。
これについて、離婚について婚前契約中で、
夫婦いずれか一方の申し出により自由に離婚できること
結婚から5年以上10年未満の場合に離婚する時は、財産分与として1億円を支払うこと
という内容について、
「離婚という身分関係を金員の支払によって決するものと解されるから公序良俗に反し、無効とないすべきである」
とした東京地裁平成15年9月26日裁判例があります。
また、私が実際に担当した事件で、「不貞を疑わせるような一切の行為」「第三者を交えることなく異性と行動を共にするとき」という各々の行為違反につき300万円ずつ違約金が設定されていたという事案で、その両方の違約金合計600万円を請求したところ、
「両行為の内容として重なる部分が多いこと、被告にだけその規制が課せられていて公平性に欠けることから、300万円×2の違約金を認めるのは、公序良俗に反する。」
として、300万円の請求だけ認められた判決が出ました。
今後の公序良俗違反の場合の基準として意味のある判決だと思います。
いずれにしろ、このことからすると、なんでもかんでも損害賠償額を設定すれば認められるというものではないということになります。内容をよく吟味する必要があります。
3. 婚前契約書を専門家に作成してもらう場合の注意点
日本では、婚前契約書は公正証書として作成することが一般的です。公的な機関である公証役場で、公正証書として作成することで、契約書の信頼性が高まり、法的効力がより強固なものとなります。
公正証書は、公証役場で公証人によって作成され、双方の同意のもとで署名されます。公正証書にすることで、後々のトラブルを未然に防ぐ効果が期待できます。公証役場で行う場合も、両者の意見の調整役や手続を円滑に進めるために、専門家の依頼することも多いです。
確実性を求めるのであれば、弁護士に依頼してもらうと良いでしょう。
ただ、弁護士が補助する場合、1件10万円から、契約が複雑な場合等は、多いときは30万円以上の費用がかかります(なお、公証役場自体に支払うお金も、一般的に数万円かかります)。
この場合は、司法書士や行政書士に頼んだ方が、費用がある程度抑えられることが多いです。
また、弁護士が公正証書の作成の補助をした場合には、離婚等の問題が起きてしまった場合に、その弁護士がどちらかの代理人につくことは、利益相反の恐れがあり、難しいです。
そのような場合を想定するのであれば、行政書士等の他の専門家に頼むのが良いでしょう。
弁護士法人アズバーズでも、婚前契約書の作成を多く経験している行政書士と提携しています。
婚前契約書作成を検討しているのであれば、気軽に03-5937-3261までお声かけください。
また、以下の点に注意することも重要です。
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4. 婚前契約書のテンプレート
婚前契約書の簡単なテンプレートを明示します。
2 婚姻後、不動産を購入する場合は、2分の1ずつ支弁し、2分の1ずつの共有とする。別途必要がある場合は協議する。
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これは必要最小限のものであり、必要に応じてこれに肉付けしていくと良いでしょう。
まとめ
婚前契約書は、結婚後の生活や将来のリスクに備えるための重要なツールです。財産分配や生活費の負担、離婚時の取り決めなどを事前に協議することで、夫婦間の信頼関係を強化し、安心して結婚生活をスタートさせることができます。
ただし、その作成には双方の合意と公平性が求められ、法的に有効でない内容等も考えられるので、専門家の助けを借りることが推奨されます。