居酒屋などで席に着くと同時に出されるお通し―
和やかに食事が進む中で運ばれてきた注文とは違う料理―
食べてしまえばそれまでのこととは思いつつ、思わず、「お通し、高いな!」「これ、頼んでないんだけど!」
と会計伝票に目がいってしまうという方が大半でしょう。
お通しに関しては、値段相応にしっかりした物もたまにはありますが、大方の店、特にチェーン店のお通し等は、枝豆や豆腐がちょっと出されるだけ、という場合も多く、「いらない!」と思うのが当然でしょう。
本記事では居酒屋のお通しや注文と異なる料理について、
・そもそもお通しには法律的にどんな契約が成立している?
・いつお通しの契約が成立するのか?
・お通しの代金支払いを拒めるのか?
といった問題点を法律的に明らかにしていきます。
そして後半では、
・2020年に改正された民法上の「契約不適合責任」
についてもわかりやすく説明します。
代金支払いを考えるとき、その根拠となるのは「商慣習」と「契約」です。順に見ていきましょう。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 そもそも居酒屋のお通しって何?法律的にどんな契約?
関東では「お通し」、関西では「突き出し」とも呼ばれ、居酒屋などで注文後すぐ提供されたり、着席時にはすでに準備されていたりすることもあります。
一般的な居酒屋では300~500円が相場ですが、中には会計の1割や1000円以上するというお店もあるようです。
(1)「お通し」は商慣習か?
ここで問題となるのが「お通し」というものについての商慣習の存在です。
商慣習とは、古くから広く認知されており取引通念上尊重されるルールのことで、商法上の重要な法源として民法に優先して適用されます(商法1条2項)。我が国の例では例えば、月末締め翌月払いという代金支払方法や書面に用いられる印鑑などです。
仮に「お通し」が商慣習にあたるのであれば、契約が成立していなくても客はお通し代を支払わねばならないことになります。
しかし「お通し」と一口に言っても料金体系も様々、注文した酒類のおつまみ的なものや無料でサービスされるもの、さらには客からの「お通しカット」を認める大手居酒屋もあります。お通しには欧米における「チップ」のよう普遍性はなく、商慣習とまでは言えないでしょう。
したがって地域や店の格式によって事情も異なりますが、少なくとも居酒屋ではお通し代は契約が成立していることを根拠に考えることになります。
(2)どんな契約?
お通しの場合、店側が予め準備したものを来店した客に一律に提供するのが一般でしょう。よって「お通し」という完成した料理についての売買契約と考えます。
この点、消費者庁は「売買契約」と捉えているようですが、契約の場に存在しないものを作成して供給するので、請負契約や制作物供給契約という捉え方もありえそうです。
(3)いつ成立?
スーパーや小売店等での売買契約であればレジを通過した時に契約成立となりますが、お通しの場合は少々異なります。
① 事前にお通しが有料であることが表示されていた場合
店看板やメニューにお通しが有料であることが表示されていた場合や予約時・入店時にその旨が店員から告げられていた場合は、客の入店・着席する行為がお通しの申込、店側の提供が承諾となり、この時点で売買契約が成立します。売買契約は当事者の意思の合致さえあれば成立し、契約書等の作成交付はもちろん、事前の伝票記入も必要ありません。
② 表示されていない場合
表示がなければ客はお通しに代金がかかることを知りません。その状態で店側から提供されただけでは客の承諾ありとは言えず、この時点では契約は成立しません。
ここでは店側からのお通し提供行為が申込で、客が店員から告げられるなどして有料であることを知った上で口を付ける、あるいはあえて拒まないことを黙示的な承諾とみることができ、この時点で売買契約成立となります。
なお、お通しは、前述したように、「なしでお願いできますか?」と聞いてみると、意外に出来る店も多いようなので、いらない人は勇気を持って聞いてみるのもいいでしょう。
2 「お通し代」はいらない場合は支払いを拒める?
①表示されていた場合
お通しについて売買契約が成立するため、客は食べても食べなくても出された以上はその代金を支払わなければなりません。
メニューに書いてあるのを気付かなかったという言い訳(錯誤)も考えられますが、極小文字で書かれていたといった事情のない限り客に「重過失」が認められますので、錯誤の要件を満たさず、後から契約を取消すこともできません(民法95条3項)。
②表示されていない場合
店側の提供行為だけでは契約は成立しておらず、この時点で客は承諾を拒むことができます(契約自由の原則)。拒む場合は「これは有料ですか?有料ならいらないです」と明確に表明することが重要です。
③食べてしまった場合
表示はなく店員からの説明もないまま「無料のサービスだ」と考え、客が食べてしまった場合はどうでしょう?
厳密に法律に沿って考えると、店側は売買、客は贈与と考えており、両者に意思の合致はなく契約は成立しません。とはいえ、客は「法律上の原因なく」料理を食べたという利得を得ているため不当利得返還義務が発生します。
ただ、客が気づかずに食べてしまった場合は、「現存利益」のみ返還義務があるので(703条)、この食べてしまったお通しの場合、現存利益はあるのでしょうか…
まさに、最近起こってしまった、ラーメン屋の「背脂マシ」要望について、特に値段等を言わず背脂マシにし、後でマシ分の請求をした際に、有料になるかどうかという問題がありましたが、正にこれですね。
この件は、頼む側のインフルエンサーが有料であるかどうか尋ねれば良かったですし、ラーメン屋側も「できます、ただし有料ですが。」と言えば良かったですね。
ラーメン屋の怒りの裏には、昨今のラーメン業界における異常な程の背脂不足も背景にあると言われています。なかなか手に入らないそうです。
3 頼んだのとは違う料理の代金は支払うべき?
次に注文したものとは異なる料理が出された場合はどうでしょう?客がアジフライ定食を注文した場合を想定します。
(1)どんな契約?
飲食物提供契約は売買と請負の複合契約と考えられていますが、酒類販売と併せられることが多いこと、メニュー等に見本が掲載され既製品販売と同視できることなどから、売買契約とみて構わないと考えます。
(2)いつ成立?
客が「アジフライ定食」を注文(=申込)、店側の「承りました」が承諾、この時点でアジフライ定食について売買契約が成立します。アジフライを完成させこれを客席に運ぶ行為は店側の債務の履行にあたります。
(3)契約成立後も代金支払を拒める?~契約不適合責任
上記のとおり注文時に売買契約が成立しており、店側は契約内容に適合した料理を提供する義務、客はその代金を支払う義務を負います。そして契約内容とは異なる料理の提供があった場合、店側は単なる債務不履行責任とは別の責任を負うことになります(契約不適合責任)。
4 契約の「不適合」とは
当事者が契約目的物の種類・品質・数量にどのような意味を与えたかが基準となります。契約と離れて即物的・客観的に「通常有しているであろう性質」は考えないことに注意が必要です。
たとえば伊豆沿岸部にある定食屋のメニューに「天然のシマアジフライ定食」と書いてあり、これを見た客が「シマアジフライ定食」を注文すれば、この契約における目的物は伊豆沖で取れたシマアジのフライであり、普通のアジでは契約不適合となります。
(1)買主のとり得る手段
注文した料理と異なる料理が提供された場合、客は以下の手段をとることができます。
〇追完請求権(565条、562条準用)
追完には、目的物の修補・代替物の引き渡し・不足分の引き渡しがあります。
「シマアジフライ定食」を頼んだのに「普通のアジフライ」が出てきた場合はシマアジフライを作り直してもらい、またメニューにはフライ3枚の写真掲載がされていたのに2枚しかなかった場合はもう1枚を追加してもらうことができます(562条1項本文)。
ただし、アジフライからの作り替えの際、切り分けの都合で3枚分に相当する切り身2枚で提供することは可能です。これに対して、数十キロ離れた支店ならシマアジを提供できるからそちらへ行くよう促すことはできません(1項但書)。
また客自身が釣ったシマアジを持ち込んだところ保存状態が悪く調理できなかった場合には追完請求することはできません(2項)。
〇代金減額請求権(565条、563条準用)
フライ3枚のところ2枚しか提供がなかった場合、客は代金の減額を請求できますが、その前提として追完の催告をし、相当期間を待つ必要があります(563条1項 追完請求権の優位性)。定食屋であれば催告してから20分も経過すれば十分でしょう。ただし、品切れのように追完が不可能な場合や店側が明確に拒否した場合は、相当期間経過を待たずにその時点で代金の減額を請求することができます(2項)。
なお、天候不良といった店側に責任がない場合でも代金減額請求は可能です(563条は債務不履行責任ではない)。
〇損害賠償請求(565条、564・415条準用)
違う料理を提供したことによって客に損害が発生した場合は、店側はその賠償をしなければなりません。たとえばアジフライ定食の注文に間違ってエビフライ定食を出してしまい、気付かずに食べた客に甲殻類アレルギー反応が出た場合にはその通院費(通常損害 416条1項)、さらにその客が会社の役員であり療養中会社も休業を余儀なくされたという場合にはその損失(特別損害 2項)についても請求ができる場合があります。
〇解除(565条、564・541・542条準用)
普通のアジを出されたため、シマアジを提供するよう店側に催告したのに相当期間内に提供されなかった場合、客は契約を解除して代金全額の返還を請求することができます。
ただし、以下の場合は催告もせずに解除ができます(542条1項各号)。
・水揚不良や売り切れ等で全く提供できない
・店側が明確に提供を拒否した
・メイン料理がシマアジである多人数の会食において一部の客にしか提供できない
・シマアジが好物である家族の誕生日にその旨を告げてシマアジの提供を店に予約したが調達できなかった など
(2)ポイント
2020年改正によって新たに加わった手段が、上記のうち追完請求権と代金減額請求権です。両権利は消費者にとってはむしろ当たり前と感じるのですが、改正前は不動産や美術品といった「特定物」にしか認めないと考えられていました。
既製品など代替可能な「不特定物」については、契約で目的物の範囲を絞らない限りは、債務者は無限に調達義務を負い、最終的には損害賠償と解除で対応するという硬直な処理がなされていたのです。改正によって契約不適合責任が不特定物にも適用されることになり、債権法が身近になったと同時に、契約当事者が契約にどのような意味づけをするのかが一層重要になったといえます。
(3)食べてしまった場合
アジフライを頼んだらエビフライが出てきたが、客の方で「ま、いいか」と思い食べてしまった場合はどうでしょう?
店側の提供行為がエビフライについての新たな申込、客の食べる行為が承諾にあたり、エビフライについて売買契約が成立し代金支払義務が生じます。客はエビフライの代金を支払うことになります。
まとめ
「お通し」等の身近な例をとって契約の成立時期や契約成立後に発生する責任について解説してきました。
当たり前と思っている締結している契約に不備がないかどうか、疑問に思うことがあれば、弁護士法人アズバーズにご相談ください。
【2024.1.12記事内容更新】