【弁護士が解説】阿武町の給付金誤振込事件 犯罪にならないの?不当利得でも課税される?【仮差押 破産 詐欺罪】

法律時事問題を考察

山口県阿武町の4630万円給付金誤振込事件!

振込を受けた男性がお金を返そうとしない、町が不当利得返還請求の民事訴訟を提起する、ネットカジノで全額使ってしまったと供述している等、大変な様相を呈してきましたね。

町長も怒り「それとこれとは…」山口県阿武町4630万円誤送金 町が24歳男性に返還求め提訴

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櫻井弁護士

振り込まれた20代の男性の名前まで、ネットの自警団によりさらされてきているようです。

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事務員

実際、この件は、犯罪にならないのでしょうか?
誤振込直後に町の顧問弁護士に相談がされていたようですが、他にもっと方策はなかったのでしょうか?

今回は以下の内容について解説します。

・誤送金の4630万円を使ったら犯罪にならないの!?
・使い込み行為は不法行為では!?
・【仮差押 債権者破産申立 財産開示】その他の方策
・不当利得でも課税されるの!?

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櫻井弁護士

学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。

1 誤送金の4630万円を使ったら犯罪にはならないの!?

今回、24歳の男性は、4630万円につき、当初は「もう元には戻せない」という、どうとも取れるあいまいな言い方をしていました。
後日、弁護士を通して、ネットカジノで使ってしまったと言っているようです。

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事務員

そんなに短期間で使うなんて、本当なのかは怪しいですね。もし使ってしまったとして、犯罪にはならないのでしょうか。

(1) 横領罪(刑法252条)

手元にあるお金を使ってしまうということでは「横領罪」がまず思い浮かぶでしょう。
しかし、横領罪は手元にあることが「委託信任関係」に基づく必要があります(刑法252条)。委託信任関係に背くことを問題にしている犯罪だからです。

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櫻井弁護士

本件では、町からたまたまミスにより男性に対して振込があったのであり、委託信任関係があったとは言えません。そこで、横領罪は成立しえないと言えます。

(2) 窃盗罪(235条)

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事務員

それなら、「窃盗罪」はどうでしょうか??

窃盗罪は、相手方の支配下にあるものを強引に奪うことに特徴がある犯罪です。本件では、男性の口座に振り込まれることで既に4630万円は男性の支配下に移っており、男性が相手の支配下にあるものを奪う行為は観念できません。

このことから町に対する窃盗罪の成立は難しそうです。

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櫻井弁護士

ただし、後述のように、ATMで引き出した場合は、銀行に対する窃盗罪の成立の可能性はあります。

(3) 詐欺罪(246条)

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事務員

では、「詐欺罪」の成立は、考えられるでしょうか?

詐欺罪は、以下の要素が必要となります。

①相手を騙す欺罔行為
②相手方を錯誤に陥らせること
③それによって相手方に処分行為をさせること
④相手方に損害が発生すること

本件のような場合で、男性が窓口で4630万円を引き出したのであれば、窓口業務を行う者に対する欺罔行為があり、その者を錯誤に陥らせ、4630万円を渡す処分行為により、金融機関に損害を与えるので、詐欺罪が成立すると考えられます(最高裁平成15年3月12日判決。札幌地裁昭和51年8月2日判決。)。
また、窓口でなく、ATMで何回も引き出したということであれば、人間を欺罔したのでないので、銀行に対する窃盗罪ということになります。
インターネットバンキングで他の口座に移した場合には、電子計算機使用詐欺罪というものが成立します(刑法246条の2)。

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櫻井弁護士

いずれにしろ、被害者は、阿武町ではなく、4630万円を引き出した金融機関ということになります。

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事務員

銀行が被害者なんて不自然ですね。町に対する他の犯罪を成立させることはできないのですか?

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櫻井弁護士

確かにそうなのですが、刑事犯罪は、あいまいな要件で犯罪が成立することができるということになると、国家によって簡単に逮捕などして国民の身体の自由を奪うことができることになりかねません。そこで、「罪刑法定主義」といって、各犯罪の要件を厳格に規定し、判断する必要があることになります。

2 誤振込金の使い込み行為は民事上不法行為ではないのか!?

本件において、町は「不当利得返還請求訴訟」(民法703条)を提起したとのことです。
もちろん、男性が4630万円の利益を受ける法律上の原因はないので、もちろんこれは認められると思います。
しかし、この訴訟が判決で認められたとしても、男性が破産してしまうと、「免責」といって、町に対する借金がチャラになってしまいます。

一方、相手方に違法行為で損害をあたえたという「不法行為」損害賠償請求訴訟(民法709条)であれば、「破産者が悪意で加えた不法行為」と言える場合は破産法上「非免責債権」というものにあたり、借金がチャラにならない場合があります(破産法252条1項)。

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櫻井弁護士

そこで、不法行為損害賠償請求訴訟ができるのであれば、その訴訟も行うべきと言えます。

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事務員

不法行為は成立しないのでしょうか?

この点、平成8年4月26日最高裁第二小法廷判決は、「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込があったときは、両者の間に振込の原因となる法律関係が存在するか否かに関わらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が存在する。」と判示しています。

つまり、本件でも、誤振込という「振込の原因となる法律関係」がない振込であっても、男性と銀行の間に有効な普通預金契約が成立しているということになります。

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櫻井弁護士

このことから、男性が引き出し行為を行うことは民事上違法ではないということになります。
よって、男性に不法行為は成立しないようです。

本件では、判決が出ても、男性に強制執行の対象となる財産(例えば、預金口座、勤めているところの給与、不動産)がなければ、結局判決は意味がなくなります。
また、前述のように、破産されてしまうとどうにもなりません。
公的機関を相手に違法な行為をした者だからといって、裁判所が「破産させない」という結論を出すということにはならないと思います。

3 その他の方策

先程も述べましたが、本件では、ただ裁判をやれば良いというものではなく、4630万円というお金を無事取り返すということを考えて、強制執行等も視野に入れて法的手続を執る必要があります。

方策① 仮差押え

その意味では、初動において、仮差押という手続を行うべきでした(民事保全法)。

MEMO 
仮差押というのは、裁判をする前に、お金を支払わせる相手方の預金口座を凍結したりする手続です。
家等、不動産の仮差押というのもできます。

これをすることによって、凍結した預金口座を動かせなくなります。
仮差押は、裁判所に対して申立をし、相手方に対する訴訟でほぼ確実に勝てることを疎明(「証明」よりも低い程度の事実を示すこと)する必要があります。

相手方にその動きをバレないように、素早く、こっそりとやる必要があります。

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櫻井弁護士

つまり、本件において一番大事だったのは、弁護士に相談に行った後、すぐに、その振り込んでしまった預金口座に仮差押を行うことだったといえます。
とはいえ、この点について、ツイッターで見かけた自治体内の弁護士をやっていた方の意見では、公共団体は、すぐには、国民に対して訴訟をするという決断を下すことは難しいということでした。

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事務員

責任を持って、迅速で果断な判断をするのは、公共団体には難しいのかもしれませんね。


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櫻井弁護士

公共団体の利用する経費は税金なので、よっぽどの理由がない限り、国民の不興を買ってしまうことから、なかなか踏み出せないということもあるそうです。

方策② 債権者申立

また、ツイッター等で、別の弁護士からは、破産の「債権者申立」をするべきだという意見もあったようです。

MEMO
「債権者申立」とは、債務超過で破産しなくてはならない者がいた場合、その債務者の債権者も破産を申立てることができるという制度です(破産法18条2項)。

債権者申立の破産手続をすることによって、その債務者の財産を管理することができる破産管財人が選任されます。
破産管財人は、裁判所から与えられる権限があるので、その債務者、本件では、男性がどこの金融機関の口座に4630万円を移したか等を調査できるということです。

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事務員

しかし、もし本当に使ってしまったのであれば、もうこの方法もあまり意味はもたないかもしれませんね。

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櫻井弁護士

これらの方策を行わない本件の流れでは、このまま粛々と裁判を進めるしかないでしょう。
男性は弁護士によって争う構えですが、町が勝訴するのは間違いなさそうですね。

そして、判決が出た後、男性が任意で支払わない場合は、強制執行の手続を執る必要があります。
強制執行の手続をするには、男性の財産を探す必要があります。

方策③ 財産開示

最近では、民事執行法が改正され、「財産開示」という手続が強化されて、裁判所が債務者の財産調査に協力してくれる等、財産を探しやすくなっております。
下記の参考記事で詳しく説明しています。

 

4 税金として取り返す!?不当利得にも課税はされるのか?

Twitter上で、4630万円について課税されるものとして、国税が男性から税金を徴収できないか話題となっています。

調べたところ、ジャストな裁判例は見当たりませんでした。

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事務員

まだ裁判もはじまっていない本件の現状においては、不当な利得として返還請求されるかどうかはわからない状態ですよね。

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櫻井弁護士

そこで、不当かどうかわからない利得、つまり収入という状態であるので、やはり課税することは可能ということになるのではないでしょうか。

後は、国税が踏み切るかどうかということでしょう。今後の展開次第では、公共団体が一体となって男性に制裁を加えるために、国税が本気になるということもあるかもしれません。

しかし、その後、裁判で不当利得であると判決が出た場合に、その課税は有効のままになるかどうかは現状ではわからないということになりそうです。

 

5 まとめ

以上、阿武町における4630万円の誤振込に関する民事・刑事、様々な法的な見解をお話してきました。本件は、正に実践的な法的問題がたくさん詰まった事例です。

また、一度相手方に渡ってしまったお金は、簡単には戻ることはないということがよくわかる事例です。

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櫻井弁護士

詐欺等で騙し取られると、いかなる法的手続を執ってもお金は簡単には戻らない、だから最初に騙されないように注意する必要があるということの教訓にする必要があると思います。

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事務員

それにしても、この男性は何がしたかったのでしょうか?
4630万円を元手にネットカジノで増やしたかったのでしょうか。
それとも本当は誰かに知られて脅し取られたとか?ひょっとして、どこか信用できるところに移しておいて、犯罪で有罪になったとしても刑期を終えて出てきた際に豪遊したかったのでしょうか…?

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櫻井弁護士

でも、一般男性の生涯年収が2憶円ぐらいになることを考えると、犯罪者にもなり、まともな職業にも就きにくくなるので、わりに合わないように思いますね。


(2022.5.18記事内容更新)

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櫻井 俊宏

櫻井 俊宏

「弁護士法人アズバーズ」新宿事務所・青梅事務所の代表弁護士。 中央大学の法務実務カウンセルに就任し7年目を迎える。

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