イギリスの公共放送BBCで、ジャニーズこと株式会社ジャニーズ事務所の創設者であり今は亡きジャニー喜多川氏が、自社のジャニーズJr.の未成年達に性的虐待を続けていたという報道が流れて以来、世界に衝撃を与えています。
これはそもそも、元ジャニーズJr.のオカモト・カウアン氏が、逮捕されるかもしれないという報道でますます注目されているガーシー氏と対談し、これらの事実について語ったことがきっかけとなっているようです。
そして、2023年8月29日には、外部専門チームの調査による発表があり、性的虐待がおおむね事実であったこと、ジャニーズ事務所の要職についていた者達もこの事実を容認していたという事実認定が明らかになりました。
この問題は、法的にはどのようなことが問題となるのでしょうか?
本記事では、
・ジャニー喜多川氏のように既に死亡した人の法的責任 ジャニー氏への名誉棄損罪は?
・ジャニー喜多川氏が生きていた場合の法的責任 強制わいせつ罪は?グルーミングとは?
・その後の経緯や他の法的問題
・不同意性交罪とは?グルーミング罪が創設された!?
について解説していきます。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 ジャニー喜多川氏のように既に死亡した人の法的責任|ジャニー氏への名誉棄損罪は?
ジャニー喜多川氏のように、死亡した人に法的責任はあるのでしょうか。
この点、もちろん、刑事手続としては、死亡した人への犯罪は成立しません。
立件された場合も、よくニュース等で報道されるように、被疑者死亡ということで書類送検され、被疑者死亡により不起訴になるだけです。
民事手続については、どうでしょうか。本件のような性的虐待は、ハラスメント等と同様に、民法上の不法行為(民法709条)にあたりうるので、もし不法行為が成立した場合には、賠償責任を問われることになります。
この場合、賠償額としては、数百万円から、実際に「姦淫」や性交類似行為と言える行為があった場合には、頻度と程度によっては1千万円を超える場合もありうるでしょう。
そして、その故人の賠償債務は、相続放棄等がない限り、債務も相続人が承継することになります。
このことから、本件でも、ジャニー氏の相続人がいる場合で相続放棄をしていない場合には、債務を負担する可能性があるでしょう。
本件では、ジャニーズ事務所に所属していて、喜多川氏の姉であるメリー喜多川氏らも、容認していたとのことで、共同の不法行為であったという認定もありえるでしょう。
ただし、消滅時効といって、身体に対する不法行為では、権利を行使できるときから5年で、権利が消滅します(民法724条の2)。
なので、ジャニー喜多川氏は2019年7月に死亡しているので、ほとんどないしは全部のケースについて消滅時効が成立していることになります。
逆に、ジャニー喜多川氏について、ジャニーズJr.の人や第三者が過度な暴露話をした場合にはどうなるのでしょうか?
この点、刑事上、名誉棄損罪(刑法230条)の成立が考えられます。
名誉棄損罪は、生きている者に対しては、その公にする内容が真実であっても成立する可能性がありますが、死者に対しての名誉棄損罪は、その内容が事実と異なる場合にしか成立しません(230条2項)。
よって、ジャニー喜多川氏に対する論評等も、その内容が真実である限りは、名誉棄損罪は成立しないということになります。
2 ジャニー喜多川氏が生きていた場合の法的責任
強制わいせつ罪は?グルーミングとは?
もしジャニー喜多川氏が生きていた場合は、どのような法的責任が成立するのでしょうか。
前述のように、民事上の不法行為の賠償責任は成立する可能性があります。
刑事責任はどうでしょうか。当時の刑法に基づいて説明します。
(1)強制わいせつ罪、強制性交罪
まず、ジャニー喜多川氏は、ジャニーズJr.の人達に対して口淫行為を自ら行っていたとされているので、そうであれば、まず強制わいせつ罪(刑法176条。6月以上10年以下の懲役)の成立は問題となるでしょう。
更に、もし、肛門性交までやっていた場合には、強制性交罪(刑法177条。5年以上の懲役)まで問題となります。
ただ、強制わいせつ罪及び強制性交罪の「強制」というのは、暴行または脅迫を用いた場合をいいます。
もし相手を押さえつけて無理矢理ということであれば、暴行があるので当然成立はしますが、そのような暴行がない場合はどうなのでしょうか。
「我慢しなければタレントとして用いない。」というような明示的な話があればもちろん脅迫しているといえますが、本件の経緯からすると、ジャニー喜多川氏が、相手に対して自宅の鍵を渡し、入り浸らせて徐々に仲良くなっていき、マッサージ等をする中で、なりゆきで行為に及んでいたようです。
このように、わいせつ目的を隠してだんだんと子供をてなずけていく手法を、海外では「グルーミング」というそうです。
このことからすると、そのような脅迫はないように思います。
本件で被害に遭っているのはジャニーズJr.なので、13歳以下の年齢の方が被害に遭っている場合も考えられます。被害に遭った者が、13歳以下の場合は、法律上、同意があっても強制性交罪が成立します。
一方、14歳以上の方が被害に遭った場合には、前述のように、暴行・脅迫といった「強制」がなさそうです。強制わいせつ罪や強制性交罪は成立しないのでしょうか。
もし、ジャニー喜多川氏が、「自分の行為を受け入れなければアイドルとして用いない」と暗に思わせる欺罔によって、行為を行っていた場合には、準強制わいせつ罪、準強制性交罪(刑法178条)の成立を考えることになります。
準強制性交罪とは、被害者が、睡眠や泥酔、失神などの心神喪失又は抗拒不能の状態であることに乗じて、性交を行う犯罪です。「準」がつかない場合と量刑は同じです。
そして、欺罔を用いて錯誤に陥らせ、性交を行う場合には、「もし被害者が錯誤に陥っていなければ行為者に性的行為を許さなかったであろう」といえる場合には、被害者の承諾は無効であるとする裁判例があります(東京高判昭和31年9月17日等)。
そこで、そのような場合には抗拒不能状態を利用されたといえ、ジャニー喜多川氏に準強制わいせつ罪や準強制性交罪が成立する場合があるかもしれません。
(2)不同意性交罪とグルーミングを防止する面会等要求罪の創設
なお、強制性交罪は、以前は強姦罪と呼ばれていたのですが、女性しか被害者になりえないということが問題ということで、2017年に法改正がされ、強制性交罪に名前が変わり、男性も被害者になりうる内容となりました。
また、肛門性交、口腔性交もその対象となりました。
更に、3年以上の懲役であったのが、5年以上の懲役へと量刑が引き上げられました。
その上、これまでの強姦罪は、被害者のプライバシーに配慮して、被害者の申し出がないと捜査されない親告罪だったのですが、非親告罪となりました。
強制的なわいせつ行為を厳しく罰するべき、という時代のニーズに沿って、法律が変更されたわけです。
そして、2023年7月13日、強制性交罪は、不同意性交罪というものになりました。
この不同意性交罪は、同意しないことが難しい場合を列挙し、そのような場合も成立するという内容になる予定で、犯罪が成立する範囲が広くなります。
正に本件のためにあるような内容であり、本件の発覚が予想されたからできたようにさえ思えますね。
更に、なんと、性的な目的のため子供をてなずけ、心理的にコントロールすることに対するグルーミングに対応した面会要求等罪(グルーミング罪。新刑法182条。)まで創設されました。
本件は、この犯罪にあたりそうです。
後の4で、これについてもより詳しく説明します。
(3)青少年保護育成条例違反
本件のような経緯のもとでは、各都道府県の青少年保護育成条例の「淫行」があるものとして、処罰されるでしょう。2年以下の懲役又は100万円以下の罰金です。
3 その後の経緯や他の法的問題
この件については、これまでに雑誌等で報道されたり、それについての名誉棄損訴訟でジャニー喜多川氏が敗訴するなど、動きがあったものの、各日本のテレビ局等は沈黙を続けていました。
ジャニーズ事務所との繋がりを維持したかったからでしょう。
しかし、今回のBBCによる報道後、日本の民放でも、このことについての報道がされ始めています。
また、ジャニーズ事務所自体も、「この件について、問題がないとは考えてはいない。」という声明を発表しています。
その上で、委員会を形成して、調査に乗り出しました。
今後、さらにどのような対応がされるか注目です。
なお、その後、岡本カウアン氏は、AKBにおいてもいわゆる枕営業が常態化していたとカミングアウトしています。
実際には、そのようなことをしてもトップアイドルになりたいと考えている人がいてもおかしくないわけで、このように、なにもかも暴露されるのは困ると考える人も出てきそうです。
今後は、岡本カウアン氏のような暴露者が、その暴露の仕方が他のJr.であった人達がそのようなことをしていたということを想起させるようなものであれば、その被害者達が名誉棄損等を根拠として、カウアン氏を訴えるということもあるかもしれませんね。
芸能界の最新問題に関する法的考察も多数執筆しています。
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4 不同意性交罪等の改正のポイント
本件に関連して、これまでも被害者の意思に反する性行為は強制性交等罪、強制わいせつ罪(以下まとめて強制性交等罪と言います)として罰せられていましたが、今回改正された不同意性交等罪(177条)、不同意わいせつ罪(176条)(以下まとめて不同意性交等罪と言います)と何が違うのでしょうか?
従来の強制性交等罪と準強制性交等罪を統合して「不同意性交等罪」に一本化
性犯罪は被害者が望まない状況で行われる点に本質があります。どういった場合に意思決定が困難であるかについて、従来の強制性交罪では「暴行」「脅迫」という手段、準強制性交罪では「心神喪失」「抗拒不能」という被害者の状態を基準に判断していました。これらの概念には幅があるため、証拠によって慎重に認定しなければなりません。
しかし性犯罪は密室で行われることが多く、目撃者が少ないという特徴があります。そのため要件ごとの証拠を得るには被害者供述に頼らざるをえず、結果的に「暴行等が認定できないから性犯罪でない」といった取りこぼしが多いことも問題となっていました。
そこで今回の改正では「同意がないのは性犯罪である」という本質に立ち返り、「同意がないというのはどのような状況か」という統一的な要件を設けて、従来の強制性交等罪及び準強制性交等罪を「不同意性交等罪」に一本化したものです。
ただし、この同意がないといえる場合の8類型がややあいまいであり、処罰の範囲が広がりすぎるのではないかという議論も生まれています。今後のわいせつ犯罪の運用の仕方には注目です。
【参考記事】【刑法改正】不同意性交罪・不同意わいせつ罪とは?性交前に同意書が必要になった⁉
性交同意年齢の引き上げ
性行為について自ら判断できる「性交同意年齢」が、従来の13歳から16歳に引き上げられました。
当事者が行為の性的意味だけでなく、相手との関係でその行為が自分に与える影響について判断し対処することができてはじめて性的行為に関する自由な意思決定が可能となります。これが可能になるのが16歳からというわけです。したがって16歳未満との性的行為は同意の有無にかかわらず処罰されます。
ただし16歳未満でも同世代間の行為は罪に問われず、13~15歳の場合は5歳以上年上の加害者(対等性がない)を処罰対象とします。
配偶者間でも成立することを明示
従来も性犯罪の成否に婚姻関係の有無は影響しないと考えられていました。改正法ではこのことを確認するために「婚姻関係の有無にかかわらず」と明記されています。
公訴時効の延長
不同意性交等罪の公訴時効(一定程度の時間が経過すると起訴できなくなる時効制度)が強制性交等罪の「10年」から延長し、「15年」となりました。他の犯罪と比べると被害が表に出にくいことが理由です。
さらに犯罪行為終了時に被害者が18歳未満の場合には、被害者が18歳になるまでの期間が上記時効期間に加算されることになります。たとえば12歳の時に被害に遭った人の場合、公訴時効期間15年に18歳になるまでの6年間が加算されます(15+6=21)。したがってその人が33歳(12+21=33)に達する日、つまり誕生日の前日まで公訴時効は完成しません。
グルーミング罪の創設
先程述べた、子供をてなずけて性的行為をする「グルーミング」も罰していくため、グルーミングを罰する「面会等要求罪(刑法182条)が創設されました。
16歳未満の者に対し、わいせつの目的で、威迫や誘惑により面会を要求することにつき、1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金となります。
そして、要求の結果、実際に面会をした場合には2年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金です。
正に本件のような件を罰するために生まれた法律と言えるでしょう。
【参照】改正刑法
第百八十二条 わいせつの目的で、十六歳未満の者に対し、次の各号に掲げるいずれかの行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
一 威迫し、偽計を用い又は誘惑して面会を要求すること。二 拒まれたにもかかわらず、反復して面会を要求すること。三 金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をして面会を要求すること。2 前項の罪を犯し、よってわいせつの目的で当該十六歳未満の者と面会をした者は、二年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。3 十六歳未満の者に対し、次の各号に掲げるいずれかの行為(第二号に掲げる行為については、当該行為をさせることがわいせつなものであるものに限る。)を要求した者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。一 性交、肛門性交又は口腔性交をする姿態をとってその映像を送信すること。二 前号に掲げるもののほか、膣又は肛門に身体の一部(陰茎を除く。)又は物を挿入し又は挿入される姿態、性的な部位(性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部、臀部又は胸部をいう。以下この号において同じ。)を触り又は触られる姿態、性的な部位を露出した姿態その他の姿態をとってその映像を送信すること。
5 本記事のまとめ
本件は、これまでの刑事犯罪の処罰体系では、重罪とはならないグルーミングという手法をうまく利用して行われており、新しい性犯罪問題といえます。
今回の刑法改正等が実際にどのように運用されていくのか、今回の調査報告を受けて、ジャニーズ事務所や芸能界がどのような姿勢で対応していくのか。
2023年9月7日に、まずはジャニーズ事務所から記者会見がありました。
いろいろ論点はありそうですが、特に、個人的には、犯罪行為を行った者であるジャニー氏の名前が入った会社名を変えないというのは、問題ある対応だと思います。
これに対して東京海上日動火災株式会社は、ジャニーズの方との広告取引をやめることをさっそく宣言しました。外部からこのような対応が続くことになりそうです。
日本の対応に世界の非難が集まりつつある中、法律、芸能界の実務両面から、改善策を次々と打つ必要があるとお思います。今後も目が離せませんね。
【2023年9月7日記事内容更新】