「遺産分割協議書を作ったが新たな財産が出てきた」「遺言書が見つかった」といった場合、遺産分割協議をやり直せることがあります。
本記事では、
・遺産分割協議書の概要
・作成上の注意点
をまず確認した上で、
・遺産分割協議をやり直せる場合
・やり直す方法
・遺産分割調停、審判の注意点
について解説していきます。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 遺産分割協議書とは
遺産分割協議とは遺産の分け方について相続人全員で話し合って決めることをいいます。その話し合いの内容を記載したものが遺産分割協議書です。
(1)記載内容
遺産分割協議書(以下、協議書といいます)に記載する事項はおおむね次のものです。
・被相続人の氏名、本籍地、生年月日、死亡日
・分割対象である相続財産
・全相続人が合意している旨の内容
・全相続人の氏名、住所、押印
(2)必ず作成しなければならない?
民法上「遺産分割協議書」というものはなく、必ず作成しなければならないというものではありません。しかし、遺産をめぐって相続人らが一定の結論に達した場合には後日の蒸し返しを防止するために作成しておくことが通常です。
ただし、以下の場合には協議書の作成は不要です。
〇相続人が一人の場合
遺産分割「協議」ですから、二人以上の相続人がいることが前提です。相続人が一人であればその者が全部を承継するため協議は必要ありません。
〇遺言がある場合
遺言があれば基本的にその内容に従って遺産は分けられるため、協議は不要です。
一方、遺言書があっても全相続人がその内容に従わないことに同意すれば、改めて遺産をどう分けるか相続人同士で話し合うことができます。その場合は協議書を作成することになるでしょう。
(3)どこでもらえる?
協議書は相続人らが合意した事項、つまり約束した内容を記載して相互に交わす書面です。役所や裁判所でもらえるものではありませんが、例として国税庁や法務省、運輸局が発表している書式を紹介します。
(4)誰が作成する?
作成者についても決まりはありません。相続人の一人が作成することはもちろん、相続人以外の第三者に作成してもらうこともできます。
ただ、注意すべきなのは、行政書士や司法書士、税理士、各種コンサルタントに全面的に任せる場合です。これらの者は既に決まった内容を協議書として作成することはできますが、弁護士以外の者が報酬を得る目的で代理や和解といった交渉を行うことは法律で禁じられています(弁護士法72条)。
そこで、相続人同士の意見に違いがある場合に、これらの者が意見を調整するために交渉に介入するのは問題があると言えます。
(5)どこに提出する?
各種相続手続きに際して協議書の提出を求められることがあります。基本的には原本の提出が必要で、確認後は忘れずに返却してもらって下さい。
主な提出先は、法務局(不動産の相続登記)、金融機関(預金の解約・名義変更)、証券会社(株式の名義変更)、税務署(相続税申告)、運輸支局(自動車の名義変更・廃車)などです。
(6)作成上の注意点
協議書の作成にあたって注意すべき点を記します。
〇実印
押印用の印鑑について民法が実印を求めているわけではありませんが、協議書への押印は通常実印(住所地の役所で登録されている印鑑)で行います。
本人しか取得できない印鑑登録証明書と併せることで本人の意思確認ともに、協議書の偽造を防止できるからです。
〇財産
遺産分割協議は相続財産の一部についてだけすることも可能です。銀行に提出するのは当該銀行の預金のみ、法務局には一部の不動産のみ、という協議書を作成することができます。
その場合には「本遺産分割協議書に記載のない遺産及び本遺産分割の後に判明した遺産については改めて協議する」旨の記載をすれば、後日一からやり直しという事態を回避できます。
〇回収・持ち回り方式
相続人全員が集まって各自が各協議書に署名押印し取り交わすという方式だけでなく、郵便で協議書をやり取りする方法もあります。その場合、同じ内容の協議書を人数分作成して各相続人に郵送後、返送されてきたすべてを合わせて一つの協議書にします。
また、一通の協議書を順次相続人に持ち回って署名押印してもらうことも可能です。
2 遺産分割協議書作成後のやり直し
では、遺産分割協議書を作成した後に協議をやり直すことはできるのでしょうか?
(1)やり直しできないのが原則
財産の洗い出しや法定相続情報の入手といった作業をしながら相続全般を熟慮する機会が与えられ、その上で相続人全員が話し合った結果、協議が成立し、それを書面化、各自が署名押印したのが遺産分割協議書です。このように手間暇かけて成立した協議は「気に入らない」といった理由ではやり直しができません。
(2)例外
ただし、以下の場合には協議のやり直しが可能です。
① 遺言書が見つかった場合
遺言書があれば、基本的には遺言内容に従って相続が進められます。被相続人の生前の意思を尊重するために遺言が優先されるからです。遺言書に気付かなかった、無視して行った遺産分割は原則として無効となり、遺言に従うか、又は改めて協議し直すかを相続人全員で決める必要があります。
② 一部の相続人を欠いた場合
遺産分割協議は相続人全員で行わなければならず(民法907条1項)、1人でも欠いた場合は無効となります。相続人の一部が実際に参加していなかった場合だけでなく、単独では意思表示できない者(意思無能力者、制限行為能力者、未成年)が直接参加していた場合も含みます。
③ 協議に無効・取消原因がある場合
遺産分割に関して「重要な財産漏れがあり勘違いしてしまった」(錯誤95条1項)、「財産を故意に隠され騙された」(詐欺96条1項)、「サインしなければひどい目に遭わせると脅された」(強迫 同)、といった事情がある場合もやり直しが可能です。
④ 全相続人の合意がある場合
相続人全員が合意すれば、一旦成立した遺産分割もやり直すことが可能です。前回協議書を公正証書にしていた場合や、遺産分割調停・審判後であっても、その内容を前提に改めて相続人全員で分割し直すこともできます。
3 やり直しの方法
遺産分割をやり直すにはどんな方法があるのでしょう?
(1)全相続人の話し合い
やり直す場合も全相続人で話し合わなければなりませんが、この段階までくれば何をもめているのかが把握できているはずです。協議が無効になるケースは法律上限られていますし相当の時間をかけても当事者では解決が難しいのであれば、裁判所の手続きを利用するのが現実的です。
(2)遺産分割調停・審判
まずは遺産分割調停を利用します。調停では調停委員が入りますが、それでも解決できない場合は裁判官と参与員で構成される審判に移行します(審判移行)。相続人間の折り合いが悪く合意できる見込みがなければ初めから審判を申立てることは可能ですが、その場合でも裁判所の職権で調停に付されるのが通常です(付調停)。調停を先にやることが原則であることから「調停前置主義」といいます。
① 相手方
遺産分割は全相続人で行う必要があるため、調停・審判ともに、自分以外の相続人が相手方となります。たとえばABCの3人が相続人であり、ABとCの間で意見の対立がある場合は、AはB及びⅭを相手方にする以外にも、Bと共同してⅭを相手方にすることもできます。
ただ、共同でやる場合に弁護士に代理を頼む場合は、共同の両者の間の利害が決裂すると、「利益相反」といって、弁護士としては、依頼を受けているどちらの利益になるように振る舞えば良いのかわからない状態に陥るので、辞任して代理契約を終了せざるを得なくなりますので、注意が必要です。
② 管轄
どこの裁判所に申立てるかという問題です。
調停 | 審判 |
相手方の住所地を管轄する家庭裁判所
→複数いる場合は選択可 |
相続開始地(被相続人が亡くなった場所)を管轄する家庭裁判所 |
相続人全員で合意した家庭裁判所 |
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調停と審判の管轄が異なる |
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審判移行や付調停では裁判所の判断に委ねられるのが実務 |
(3)前提問題(民事訴訟)との関係
遺産分割協議では一定の相続人同士が一定の相続財産について、実際にどのように分けるかを話し合います。つまり、相続人資格や遺産の範囲、さらには遺言の存否・効力といった当該相続について前提に問題がある場合には、まずそちらを民事訴訟で解決しなければならないのが原則です。
調停は当事者の話し合いですので前提問題についても柔軟に対応できますが、審判では裁判所が一応の判断を示します。かりに他の民事訴訟で下された判決内容と審判内容が矛盾した場合には審判の効力が失効するというのが判例の立場です(最判S41.3.2)。
もっとも、これでは民事訴訟という重厚な手続きを先行させなければ、審判に費やす時間や労力が無駄になってしまいます。そこで実務では裁判所が当事者に事情を説明して、当事者が審判での決着を選択した場合にのみ審判で判断するという運用がなされています。
4 遺産分割調停・審判の注意点
最後に遺産分割調停・審判の注意点を述べます。
(1)法的根拠のある主張や証拠を準備する
調停では調停委員がどちらかに肩入れするような法的構成を提示してはくれず、審判では前提問題を解決しなければ進展が望めない場合もあります。しかも調停が不成立だと審判に自動的に移行し、そこでは下記のように誰も望まない結末もあります。だとすれば、調停の段階から審判や民事訴訟を見据えて自らの主張の法的根拠を明らかにし、それを裏付ける証拠を揃える必要があるのです。
(2)審判では誰も望まない結論もあり得る
審判では裁判所が一方的に結論を出します。基本的に法定相続分に従って遺産を分割するため、不動産であれば競売にかけられ換価による分割を命じられることもあり、申立人が予期しなかった結論もあり得ます。
(3)弁護士なしも可能だが、有利かつスムーズな展開を望むのなら弁護士を
調停・審判ともに弁護士は必須ではありません。しかし、前提となる法律問題の抽出やその解決の順序、さらに法的利害を用いた相手方との駆け引きのタイミング等、法律の専門家ならではのノウハウがあります。たとえば「当該財産を取得する代わりに相続債務も引き受け、債権者からその承諾を取りつける」といった具合です。
また、協議書を作り直しや義務の履行を確実なものにすることを任せることもできます。
遺産分割やり直し、協議書の作り直しをお考えの方は、当事務所の弁護士にご相談ください。
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