「誰も見ていないから」「自分一人くらい」と喫煙者なら一度は経験のあるタバコのポイ捨て、近隣住民にとっては多大な迷惑です。
これまでは我慢するしかないと考えられていましたが、近時タバコのポイ捨てで検挙されたとの報道が相次いでいます。タバコの喫煙等に対する考え方が厳しくなっていることも背景にあるかもしれませんね。
シンガポールでは10万円以上の罰金になる場合もありますし、捨てられたタバコのDNAから、想定される顔の手配書を街中に掲示するというキャンペーンを行った国もあるそうです。
日本の場合は犯罪になるのでしょうか?
本記事では、
・タバコのポイ捨てで検挙された事件
・ポイ捨てを規制する法律
・民事責任
について解説していきます。
さらに、後半では、
・事件や法律からみたポイ捨てへの効果的な対策
についても言及します。
1 タバコのポイ捨てで逮捕【廃棄物処理法】
近年タバコのポイ捨てを理由に検挙されたという報道が見られるようになりました。事件を二つ紹介しましょう。
【2022年5月18日付書類送検】
同年2月から下旬にかけて北九州市門司区の路上で、たばこの吸い殻のポイ捨てを繰り返したとして、福岡県警門司署は同市の50歳代会社員の男を、廃棄物処理法違反容疑で福岡地検小倉支部に書類送検した。男が同期間中に捨てた吸い殻は計86本、「毎日捨てた吸い殻が掃除されているのに気づき、掃除している人が悔しい思いをしていると想像すると解放感が得られた」などと容疑を認めている。
引用:読売新聞オンライン
ボランティア活動で自宅近くの道路の清掃や草抜きを行っていた男性が、ポイ捨て記録を付け始めたところ、1回あたり約16本(年間約1800本)、全て同じ銘柄、しかも道路右端に集中していたことから、同一人物が信号待ちの車内からまとめて捨てたのではと通報したようです。後日、門司署からはこの男性に感謝状が贈られました。
【2022年6月13日付逮捕】
埼玉県警児玉署はたばこの吸い殻を車の窓から捨てたとして、埼玉県美里町、自称アルバイトの男(71)を廃棄物処理法違反の疑いで逮捕した。
引用:読売新聞オンライン
被疑事実は7日午前6時10分頃、同町北十条の町道でたばこの吸い殻15本(約13グラム)を投棄したというもの。
現場周辺では数年前から「連日、道路上に大量のたばこ、乾電池、生活ゴミが投棄されている」という苦情が相次ぎ、1日に30~40本のたばこの吸い殻が捨てられることもあったようです。同署員が通報をもとに現場に張り込み、男が捨てているのを確認、捜査を行った上で逮捕に至っています。
2 タバコのポイ捨てを規制する法律【軽犯罪法等】
タバコのポイ捨てについては上記の廃棄物処理法以外にも規制する法律が多くあります。規制する主な法律とその法定刑について、その後火がついて放火となってしまった場合も合わせて、表にまとめました。
法律 | 罪となる行為 | 法定刑 |
廃棄物処理法 | みだりに廃棄物を捨てる(16条) |
5年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、又はこれの併科(25条14号)
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道路交通法 | 道路において進行中の車両等から物件を投げる(76条4項5号) |
5万円以下の罰金(120条1項10号)
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軽犯罪法 |
・川、みぞその他の水路の流通を妨げる(1条25号) ・みだりにごみ、鳥獣の死体その他汚物または廃物を棄てる(1条27号) |
拘留(1日以上30日未満)又は科料(1000円以上1万円未満)
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刑法 |
過失により現住建造物等や他人所有の非現住建造物等を焼損させる(116条) |
失火罪:50万円以下の罰金
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重過失により上記客体を焼損させる(117条の2) |
重過失失火罪:3年以下の禁錮又は150円以下の罰金
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故意(未必の故意を含む)に放火して現住建造物等を焼損させる(108条) |
現住建造物放火罪:死刑又は無期懲役
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故意に放火して非現住建造物等を焼損させる(109条1項) |
非現住建造物等放火罪:2年以上の懲役
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故意に放火して建造物等以外を焼損、公共の危険を生じさせる(110条1項) |
建造物以外放火:1年以上10年以下の懲役
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他人の物を損壊(261条) |
器物損壊罪:3年以下の懲役又は30円以下の罰金若しくは科料
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法律以外にも「ポイ捨て禁止条例」や「歩きたばこ禁止条例」を制定している市区町村は全体の6割に達し、その約半数が罰則規定(罰金、科料又は過料)を設けています。
廃棄物処理法違反で検挙された理由
様々な犯罪が成立し得るポイ捨てですが、報道された上記事件がともに廃棄物処理法違反の疑いで立件されたのは何故でしょう?
まず思い浮かぶのが放火罪ですが、実際にボヤが出た、現場に居合わせた人がヒヤッとしたという程度に燃えたり高熱になったりすることが必要です。吸い殻が多数見つかったというだけでは放火罪は成立しません。
また道交法違反では進行中の車両等から投げ捨てるという行為が必要であり、その様子を捉えたビデオカメラの映像でもない限り立件は難しいでしょう。
そこで廃棄物処理法か軽犯罪法のいずれかということになりますが、両罪の刑罰の違いに注目して下さい。廃棄物処理法では懲役・罰金が予定されているのに対し、軽犯罪法では拘留・科料に留まります。この刑の差が逮捕するハードルの高さとなって現れます。
つまり、両罪ともに逮捕するには逃亡及び罪証隠滅のおそれという条件を満たす必要がありますが(刑訴法規則143条の3)、拘留・科料しかない軽犯罪法ではさらに被疑者の住所不定又は正当理由のない不出頭という要件が加わります(刑訴法199条1項但書)。
すなわち軽犯罪法違反の方が逮捕しにくいのです。確実に有罪にしたい捜査機関としては、身柄をとりやすい廃棄物処理法違反を選択したものと考えられます。
3 タバコのポイ捨てによる損害賠償責任
屋外に干していた洗濯物にタバコの吸い殻が付着して穴が開いた、玄関先に置いていた植木や草花が傷んだといった場合は、実損について賠償請求ができます。
また排水溝が詰まって修繕の必要が生じた場合はその費用請求が可能です。但しいずれも数千円から数万円といったところでしょう。
ポイ捨て被害に悩まされたという精神的苦痛については、理屈上は慰謝料請求が可能です(民法710条)。
ただし、加害者の特定だけでなく自らの健康被害及び加害行為との因果関係についても証明が必要となり、仮に証明できたとしても「受忍限度」(要するにお互い様ということ。近隣トラブルの裁判ではよく使われます。)という壁が立ちはだかって、思ったような成果は得られないでしょう。
4 タバコのポイ捨てへの効果的な対策
では、実行しやすく効果的な対策を考えてみましょう。
(1)法的措置には限界がある
報道された上記事件のように特定人物が繰り返し大量のポイ捨てを行ったという場合であれば刑事事件化するのが第一でしょう。
しかし、不特定多数の人物が随意にポイ捨てをするような場合は特定人の証拠を確保するのは困難で、警察に通報しても捜査に発展することは期待できません。
また民事責任の追及も考えられますが、証拠集めや主張立証といった難しい作業を踏んだわりには、受け取れる金額は少額にとどまります。
残念ながら事後的な法的措置では、対策として不十分と言わざるを得ません。
(2)ポイ捨て禁止を呼びかける注意文
法的責任を実際に追及するかは別として、ポイ捨てには法的責任が発生することを認知させて予防効果を狙います。
〇表示の必要性
放火罪や廃棄物処理違反等の刑法犯、条例違反等の行政犯で検挙するには、行為者が違法性の意識、つまりポイ捨てが犯罪になるということを知っている必要はなく、単にポイ捨てするという事実の認識で足りるのですが、民事責任を問うには事案ごとに行為者の故意や過失の存否を確認しなくてはなりません。
したがって目のつきやすい場所や方法で、ポイ捨て禁止区域であることや、ポイ捨てで迷惑しているという旨の表示が重要です。
〇表示の方法
看板やポスター、ステッカー等の掲示や、不法投棄防止のネットやロープの設置、広報誌や自治体ホームページの掲載といった方法があります。いずれの表示も目につきやすく、継続的であることに注意して下さい。
〇表示の内容
単に「困っている」「やめてほしい」と訴えるだけでは、ポイ捨てする者が多数おり自分がやっても大丈夫と、ポイ捨てを助長させる恐れがあります。ここで参考になるのは公衆トイレ等で見かける「皆さんのおかげで清潔に保たれています」といった文言です。
ポイ捨ての場合は「多くの人は数十メートル先の喫煙所で利用している」「携帯灰皿を使用」というように、多数は正しい行動をとり、ポイ捨てする者が少数であることを強調します。
そして、個人だけではなく地域全体がポイ捨て撲滅に向けて連携していることを示します。警察や自治体とも連絡あることを表示するのもよいでしょう。
それでも、特定の場所で繰り返し行われるような悪質な場合には、強い文章、前述のような「タバコのポイ捨ては廃棄物処理法違反や軽犯罪法違反で逮捕される場合もあります。」などと記載してもよいでしょう。
(3)監視カメラやミラーの設置
証拠化するという点では録画機能付きのカメラが望ましいですが、「見られている」という意識に訴えるという点ではダミーカメラやミラーにも効果があります。これらの設置と併せて「ビデオ監視中」「巡回中」という表示も行います。
カメラ設置には費用がかかるのが難点ですが、各種SNSであれば気軽に利用することができます。近時では地域のコミュニケーションサイトやTwitterのように誰でも参加できるコンテンツを利用してポイ捨て自粛の呼びかけやポイ捨てエリアを可視化する試みがなされています。
「いつ、誰が見ているかわからない」という心理を突くために、これらサイトを併記するのも一法です。
なお、被害者所有の敷地内であればもちろん、公道等の公共の場所の場合も、プライバシーの要請が低いので、監視カメラを撮影していても、プライバシー違反で違法とはなりにくいです。
(4)それ以外の方法
やはり日頃の巡回や清掃活動は重要です。これらの活動はポイ捨てを牽制するだけでなく、北九州市の事件のように特定人による反復した犯行が浮き彫りになってくることがあるからです。
そこで可能であれば「いつ・どこで・どのくらい・どのように」を機械的に記録しておきましょう。スマホのカメラ機能の利用が便利です。ある程度データを蓄積したところで警察に通報すれば、捜査に入る可能性が十分あります。
また苦情も複数人から寄せられた方が警察も動きやすくなるため、地域の掲示板やSNSも積極的に活用します。
そして洗濯物や庭木等の私物がダメになった場合は警察へ被害届を提出、その取下げをめぐる示談交渉においてもこれらのデータは有利に働きます。
5 まとめ
昭和の時代はタバコを吸っているシーンは映画等でむしろかっこいいシーンとしてありましたし、オフィスでは、デスクの上で当たり前のようにタバコが吸われていました。
しかし、いまや街でもタバコを吸える場所は極めて限定されていて、その喫煙場が行列ラーメン店のように大行列になっています。また、大学等も喫煙所がなくなっています。飲食店でも吸えない店がほとんどです。
更に、ご存じのように、20年ぐらい前と比べれば、その金額も2倍ぐらいになっています。
これほど制限されている以上、そもそもタバコを止めれば、と思うのですが、それでも吸い続け、ポイ捨てを続ける人がいる以上、対策は必須です。
ポイ捨て対策には「継続的・機械的・連携力」がカギとなります。参考になれば幸いです。
【2023.5.31記事内容更新】