去る7月8日、奈良市内で演説中の安倍元首相が背後から銃撃され死亡するというショッキングな事件がありました。犯人は現場で取り押さえられましたが、「絶対に殺さなければいけない」という強い殺意に加え、試し撃ちをした自作の銃を使用するなどの念入りな計画性も窺えます。
インターネット上では「死刑だ」「1人では死刑にならない」といった意見が飛び交っていますが、実際の裁判では死刑となる明確な基準があるのでしょうか?
本記事ではまず死刑の概要について触れた上で、死刑に関するいわゆる「永山基準」を紹介します。
また被害者の人数との関係、そして裁判員制度下における死刑の適用状況について、学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が解説します。
1 死刑の対象となる犯罪
法律に「死刑」と記されている罪しか死刑の対象にはなりません。「死刑」が書かれている罪は刑法では12種類、特別法では7種類、合計19種類あります。
【刑法】
殺人罪(199条)、強盗致死罪(240条)、強盗強制性交等致死罪(241条3項)、内乱罪(77条1項)、外患誘致罪(81条)、外患援助罪(82条)、現住建造物等放火罪(108条)、激発物破裂罪(117条1項)、現住建造物等浸害罪(119条)、汽車転覆等致死罪(126条3項)、往来危険汽車転覆等罪(127条)、水道毒物等混入致死罪(146条)
【特別法】
組織的殺人罪(組織的犯罪処罰法3条1項3号、2項)、爆発物使用罪(爆発物取締罰則1条)、航空機墜落等致死罪(航空危険行為等処罰法2条3項)、航空機強取等致死罪(ハイジャック防止法2条)、人質殺害罪(人質強要行為処罰法4条)、決闘殺人罪(決闘罪ニ関スル件3条)、海賊行為致死罪(海賊対処法4条)
意外と多いという印象です。ただ、現在日本で実際に死刑が適用されているのは、殺人罪、強盗致死罪、強盗強制性交等致死罪です。
2 死刑の概要
死刑は7種類ある刑罰のうちの1つであり、生命を奪うことから「生命刑」と呼ばれています。罪と罰は法に定められていなければならないという「罪刑法定主義」の下、法律によって死刑の詳細が定められています。
⑴ 執行機関
法務省内の審査・決済手続きを経た上で、法務大臣の命令により死刑執行が行われます(刑事訴訟法475条1項)。法務大臣による執行命令後、指揮検察官は死刑執行指揮書に基づいて刑事施設の長に執行を指揮します。
死刑の執行には検察官、検察事務官、刑事施設の長または代理者が立ち会います(刑事訴訟法477条1項)。これ以外にも許可を受けた者(執行作業に従事する刑務官、僧侶や牧師等の教誨師、医師等)も立ち会うことができます(同条2項)。
⑵ 執行時期
法務大臣は死刑判決確定の日から6か月以内に死刑の執行を命令しなくてはならない(刑事訴訟法475条2項)とされていますが、再審請求等の手続きがとられている場合はその期間は6か月に含まれないという規定があります(同条項但書)。しかしこの規定は訓示に過ぎないという判例(東京地判H10.3.20)があります。たとえば1回目の再審請求中であるオウム事件死刑囚の死刑執行が行われた一方で、袴田事件では40年以上も拘置され続けています。背景には死刑執行のタイミングが時々の法務大臣の信条や裁量に委ねられているという事情があるようです。
法務大臣の執行命令が出されると5日以内に死刑が執行されます(刑事訴訟法475条、476条)。
⑶ 執行場所
死刑は刑事施設内の刑場において執行されます(刑事収容施設法178 条1項)。刑場があるのは、札幌、宮城の各刑務所、及び東京、名古屋、大阪、広島、福岡の各拘置所です。
⑷ 執行方法
死刑の方法は「絞首」と定められています(刑法11条)。死刑囚が立つ足下の踏み板が外され体が落下します。その際の衝撃と自重によって頸椎を骨折し、瞬時に意識がなくなり呼吸が止まるといわれています。医師が心停止を確認した後もさらに5分を経過しなければ首のロープを解くことができません(刑事収容法179条)。
⑸ 被害者等通知制度
死刑執行の事実については法務省が発表し、報道機関を通じて我々も知ることになりますが、被害者の親族等に対しては個別に通知されることがあります。
令和2年から導入された「被害者等通知制度」によって、刑事事件の処分や裁判結果、死刑執行の事実についても、希望した遺族等には検察庁から電話や書面による通知が行われています。
3 死刑の基準
死刑に次いで重いのは無期懲役刑です。では、両者の区別はどのようにされているのでしょうか。
法律に基準は示されておらず、多くの裁判で目安とされている最高裁判決について紹介します。
⑴ 永山基準
昭和43年、当時19歳の永山則夫元死刑囚が盗んだ拳銃で4人を射殺した連続殺人事件について、東京高裁の無期懲役判決を破棄した最高裁判所が示した考え方です(最判S58.7.8)。最高裁は死刑を合憲と判断した上で、適用に際しては以下の9つ要素を考慮するとしています。
犯行の性質、動機、態様(殺害の手段方法の執拗性・残虐性)、結果の重大性(ことに殺害された被害者の数)、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行前後の情状
判決ではこれらの要素を考慮した上で、罪と罰のバランスや犯罪予防という観点からも極刑がやむをえないと認められる場合に「死刑の選択も許される」という判断を示しました。
⑵ 「被害者1人」は死刑にならない?
最高裁は上記要素のうち「結果の重大性」を指摘する際に「ことに(・・・)殺害された被害者の数」としたため、この部分が独り歩きをし「1人なら死刑にならない」「3人以上なら確実」といった話がまかり通るようになりました。
しかし、裁判所は死刑の適用について結果だけではなく上記の要素に加え「極刑がやむをえない」場合、要するに救いようがない場合には死刑を選択するとしているのです。
ここで職業裁判官による裁判において被害者が3人以下でも死刑になった例を挙げます。
被害者数 | 判決 | |
光市母子殺害事件 (平成11年) |
2人 |
一審、二審は無期懲役。最高裁にて差し戻し後、控訴審で死刑確定
|
三島女子短大生暴行焼殺事件 (平成14年) |
1人 |
一審は無期懲役、二審では死刑となり、最高裁でも死刑判決を支持
|
奈良小学女子児童誘拐殺人事件 (平成16年) |
1人 |
一審の死刑判決に対し控訴したものの、被告人自ら控訴を取下げ死刑が確定
|
4 裁判員制度における死刑
我が国の死刑制度に大きな影響を与えた永山基準ですが、今から40年近くも前のものです。 令和になった現代でも永山基準は維持されているのかを見てみましょう。
⑴ 第一審の死刑判決は減少傾向
「裁判に市民の良識を」とのスローガンのもと平成21年から導入された裁判員制度では死刑の運用に変化があったのでしょうか。裁判員制度導入前の5年間と最近の5年間における第一審の死刑判決数を比較してみました。
【第一審終局処理人員】
年 | 総数 | 死刑 | 無期懲役 | |
殺人
|
平成16年 | 819 | 9 | 119 |
17年 | 825 | 11 | 38 | |
18年 | 710 | 2 | 26 | |
19年 | 619 | 10 | 21 | |
20年 | 590 | 3 | 16 | |
28年 | 327 | 1 | 9 | |
29年 | 242 | 3 | 7 | |
30年 | 272 | 2 | 8 | |
令和元年 | 268 | 2 | 5 | |
2年 | 216 | 2 | 3 | |
強盗
|
平成16年 | 1,872 | 5 | 82 |
17年 | 1,809 | 2 | 77 | |
18年 | 1,648 | 11 | 71 | |
19年 | 1,404 | 4 | 44 | |
20年 | 1,248 | 2 | 42 | |
28年 | 613 | 2 | 16 | |
29年 | 541 | 0 | 13 | |
30年 | 516 | 2 | 6 | |
令和元年 | 489 | 0 | 13 | |
2年 | 436 | 1 | 8 |
(犯罪白書各年度版調べ)
「強盗」の総数には強盗罪・強盗予備罪・事後強盗罪等の死刑の対象ではない罪も含まれているため、ここでは殺人罪を見ることにします。
殺人罪に関して死刑となる確率は、裁判員裁判制度導入直前の5年間では約0.98%、制度導入後約10年が経過した最近の5年間では約0.75%です。わずかながら減少していることになります。市民である裁判員が真剣に悩み考え抜いた結果、死刑を回避するという現象が起きているようです。
⑵ 死刑判決が控訴審で覆される
裁判員制度導入後は死刑自体が減少傾向にありますが、その一方で、被害者が1人であってもやむなしと第一審で死刑が選択されるケースが増えています。尊い人の生命を奪った責任は重大だという市民良識の反映といえるでしょう。
しかし、控訴審で死刑が覆されて無期懲役となった例もあります。
被害者1人で第一審死刑判決、その後上訴審で無期懲役に変更された事件を紹介します。
・南青山強盗殺人事件(平成21年)
・松戸女子大生殺害放火事件(平成21年)
・神戸・小1女児殺害事件(平成26年)
これらの上訴審では永山基準が重視されたものと思われます。
一方、被害者が複数の事件で第一審死刑判決が上訴審で無期懲役に覆った例もあります。
・長野一家3人強殺事件(平成22年)
・洲本5人刺殺事件(平成27年)
・熊谷市6人殺害事件(平成27年)
これらの上訴審では被告人の責任能力が完全でなかったことを理由にしています。
5 まとめ
極刑である死刑ですが、死刑となる基準や実際の執行さえも揺らいでいるのがお分かりいただけたでしょうか。安部元首相銃撃事件の今後の展開については注視していたいと思います。