親族関係が疎遠であったり、不仲であったりすると、相続人全員と連絡し合うのが困難な場合がよくあります。このような場合でも特別な手続きをとることによって遺産分割することが可能となります。
本記事では遺産分割協議の原則をまず確認した上で、「音信不通」の類型に合わせた手続きについて解説していきます。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、新宿・青梅の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
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1 音信不通の相続人がいる場合は遺産分割協議ができない
相続が発生した場合、遺言がなければ相続人同士が話し合って遺産を分けることになります。この話し合いには全員が参加しなければなりません。
⑴ 相続人全員でないと遺産分割できない理由
相続開始後、遺産分割する前の遺産は全相続人の共有状態にあり(民法898条)、各相続人はその相続分に応じて故人の権利義務を承継します(899条)。この共有状態を解消するのが遺産分割です。つまり、共有財産を各相続人に分配することで単独所有に還元するのです。当然、遺産の中には価値の高いものやそうでないものが存在し、また、各相続人特有の事情もあります。そこで、何をどのように分けるかを相続人全員が納得できるようにするため、皆で話し合って決める必要があるのです。
したがって、相続人の一部を欠いて遺産分割協議を行った場合は、成立した協議は無効となり、共有状態が継続することになります。
⑵ 放置してはならない
相続人の1人が音信不通なら、その相続人が現れるまで遺産はそのままにしておけばいいんじゃないですか?
確かに面倒な手続きを経るため、そういう考えもあります。しかし以下の理由からお勧めしません。
① 相続税申告の期限
相続税の申告は、原則として、相続人が被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内に行わなければなりません。無申告、あるいは申告期限を過ぎてからの申告にはペナルティとして延滞税、加算税が課せられます。遅滞なく、かつ、各相続人が自己の具体的持分に応じた相続税を正確に納めるには、早急に不在者への対応を講じた上で、遺産分割協議を開始する必要があるのです。
② 増え続ける相続人
遺産分割協議を行わない間に相続人中に死者が出て二次相続、三次相続が生じた場合、雪だるま式に相続人が増えることになり、相続人全員による遺産分割協議がますます遠のきます。
遺産分割協議は、相続人全員の意見が完全に一致しないと成立しないので、少しでも人数が増えるとかなりやっかいなことになります。
また、共有状態のもとでは、売却などの処分行為は共有者全員で、賃貸などの管理行為は持分の過半数を持つ共有者で行う必要があり、相続人が増え続けるとこれらの行為が極めて困難となります。つまり、共有状態を長く放置することはデメリットしかないのです。
2 「相続人が音信不通」という状況の整理
ここで、相続人と連絡がとれないというのはどういう状況であるか整理し、それぞれの一般的な対応を見てみましょう。
⑴ 生死不明
何年も前に相続人となる人が家を出たきり行方不明という場合や、災害や事故などで消息がわからないといった場合です。
一般的な対応としては、警察への捜索願や知人・友人からの聞き取り、近時ではSNSの活用もありますが、いずれも確実な方法ではありません。
⑵ 生存しているが所在が不明
単に連絡先がわからないといった場合や、戸籍等から生存の確認はできているが居所を転々としており現在の住居がわからないという場合もあります。
・戸籍の附票
相続開始後、相続財産の名義変更手続きなどのために法定相続人全員の戸籍謄本を取得しなければなりません。その際、住所のわからない相続人については戸籍謄本と共に戸籍の附票を発行してもらえば住所を把握することができます。
まずは、その住所宛に手紙を送付します。郵便が「受取拒否」で返送されてきたら本人がその場所に住んでいる可能性があるので、再度手紙を送る、又は、現地を訪ねて直接話をするとよいでしょう。
・それ以外
手紙が「あて所尋ねあたらず」「転居先不明」で返送されたら、誰も住んでいないか別人が住んでいる可能性があります。知人からの聞き取りなど手を尽くしても所在がわからなければ、費用がかかりますが、探偵に依頼するという方法もあります。
⑶ 生存しているが連絡を拒絶
住所が判明し住んでいることも確認できたのに、連絡を拒否し続けているような場合です。
・遺産分割協議の重要性を伝える
相手に対して繰り返し遺産分割協議の重要性を伝える必要があります。 全員が参加しないと協議が成立しないことや、それに伴う不都合を丁寧に説明して、なんとか参加してもらうといことですね。
・遺産分割調停
それでもなお拒否し続ける場合は、家庭裁判所に遺産分割調停の申し立てを行います。調停は当事者の話し合いによる解決を目指すため、合意が得られなければ自動的に裁判所が結論を出してくれる裁判類似の手続である「審判」へと移行することになります。
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3 音信不通の相続人がいる場合の遺産分割方法
ここまで一般的な対応を中心に説明しましたが、不在者が協議に参加するかは、まさに「運まかせ」です。そこで、他の相続人だけで遺産分割手続を進めることができる特別な手続きについて説明します。
⑴ 失踪宣告(民法30条)
不在者が一定期間にわたって生死不明であった場合に、法律上死亡したとみなす制度です。行方不明の場合(普通失踪)は最後の音信時から7年、災害や事故による生死不明の場合(特別失踪)は危難が去ってから1年を経過した時点で、利害関係人が家庭裁判所に申立てることができます。
・メリット
不在者を死亡したものとみなすことで、その地位を承継した者と他の共同相続人によって遺産分割協議を進めることができるようになります。
・デメリット
まず、普通失踪の場合は音信不通になってから7年を経過しなければ、そもそも申立てることができません。 また、失踪宣告の手続きは申立てをしてから審判確定まで半年から1年ほどかかり、場合によっては相続税の申告期限に間に合わないおそれがあります。
「相続税の申告は、原則として、相続人が被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内」ですよね…7年もまってられないです!
⑵ 不在者財産管理人(民法25条)
不在者の財産が残されたままの状態である場合に、その財産を管理するための不在者財産管理人が、利害関係人等の申立てを受けた家庭裁判所によって選任されます。通常、相続に利害関係を持たない親族が選任されますが、弁護士や司法書士等が選任されることもあります。
・メリット
失踪宣告と異なり期間の設定がなく、また、生存は明らかだが所在が不明といった場合にも選任することができます。そして、申立てから1~3か月程度で選任手続きが終了し、失踪宣告と比べると時間がかからない点もメリットです。
・デメリット
不在者財産管理人を選任して行う遺産分割協議は、不在者が不利益を受けないように、その法定相続分は確保するという内容で成立させなければなりません。確保した不在者の法定相続分は、不在者財産管理人が不在者が現れるまで管理することになりますが、その間の報酬は管理財産から支払われます。不在のまま管理が続くと、管理財産が目減りしていき、底がついたら管理が終わるという事態も起こり得ます。
⑶ 帰来時弁済型遺産分割
不在者には相続させずに他の相続人が遺産を相続し、不在者が戻ってきた場合には多めに相続した他の相続人から不在者に対して金銭等を支払うという内容の遺産分割で、実務上、家庭裁判所の許可を得て行うことができます。
遺産分割協議には不在者財産管理人が参加しますが、不在者のため相続財産を管理するという責務は負いません。
・メリット
長期間におよぶおそれのある不在者の相続財産の管理という負担がなくなります。
・デメリット
他の相続人の預かり財産が多額であり、いざ、不在者が戻ってきても金銭は使ってしまって返せないというおそれがあります。 そのため、裁判所は不在者の帰来の可能性や他の相続人の資力などを事前に審査した上で許可することになっており、利用できる場合が限られています。
⑷ 公示送達による遺産分割審判
遺産分割審判を開始する場合、家庭裁判所は必要書類を全相続人に送ります。送達できない不在者に対しては、いつでも交付する旨を裁判所の掲示板等に2週間にわたって掲示するという方法をとりますが、これが公示送達です。
・メリット
2週間が経過すると不在者にも送達したという効果が生じるので、不在者の参加を待たずに審判手続きを進めることができます。
・デメリット
不在者の反論の機会を奪う手続きであるため、相続財産の範囲など遺産分割の前提に争いがあるような場合には裁判所は審判申し立てを却下する可能性があります。
4 まとめ
相続人の1人が音信不通の場合に遺産分割を進める方法について解説しました。どの方法が適切かは事案によって異なります。詳しくは相続問題に詳しい弁護士法人アズバーズにお尋ねください。
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