成年後見人に就任した際に、その後の相続のことについても、本人又は相続人候補者に聞かれることが多いです。
成年後見人の業務は相続のことにまで及ぶのでしょうか。
次のことについて解説します。
・成年後見人の業務と相続
・成年後見人の業務と相続財産の引き継ぎ
・相続財産を守るための成年後見人申立
・成年後見人とは? 申立・業務・報酬
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、新宿・青梅・三郷の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 成年後見人は相続に関する業務は範囲外である
成年後見人とは、本人が認知症や病気、怪我等で判断能力が乏しくなってしまっている場合に、法律上本人の代理となって、本人の財産等を管理し、本人に変わって契約等をする役目を担う者です。
成年後見人の選任・権限・報酬等については詳しく後述します。
成年後見人は成年被後見人(本人)のための成年後見人なので、基本的に、相続人の候補者のために動くこと・助言することはできません。
また、成年被後見人が死亡すると、成年後見人は、相続財産を引き継ぐという業務は行わなければならないものの、あくまでそれは付随業務です。
成年被後見人の死亡によって、成年後見人としての業務は終了し、権限はなくなります。
このことから、原則としてその後の相続に関わることはありません。
これらの点を誤解して、成年後見人である弁護士に相続のことを聞いてきたり、相続開始後に相続財産を分けることについても面倒を見て欲しいということを言われる方も多いです。
しかし、むしろ特定の相続人の誰かに力を貸すことは、弁護士としてトラブルの種になるので、成年後見人も慎重になっていることを御理解いただきたいところです。
実際、被相続人である者の成年後見人であった弁護士が、その相続人の誰かの代理人となることができるかどうかは争いがあります。
これについては、一見いわゆるコンフリクト(利益相反。利害関係をもった者の相手方になることは、本人の利益を損なう恐れがあるので違法であるということ)の問題が生じるように思えます。
被相続人の代理人となっていながら、被相続人の地位を継ぐ相続人の敵の代理人に就くからです。
しかし、この点に関しては、弁護士会の見解では原則違法ではないということになっています(日弁連懲戒委平成25・2・12議決例集16集3頁。)。
前述のように、事実上好ましくないとはいえます。
これと似たような問題で、遺言執行者という被相続人が亡くなった後の財産の処理を行う者が、遺言執行者の業務を終わった後、誰かの代理人に就くことは違法となりうるようです(解説「弁護士職務基本規程」第3版96頁以下)。
もっとも、成年被後見人を被相続人とした相続ではなく、成年被後見人が相続人の場合(例えば、夫が亡くなって、妻の成年後見人になっていた場合)には、成年後見人は活躍することになります。
具体的には、遺産分割を本人に代わってすることになります。
この場合、成年後見人は、本人が、本来もらえる法定相続分より損しないように配慮する必要があります。
2 成年後見人の業務終了時 相続財産引き継ぎの問題
先程お話したように、相続人に対して相続財産の引継ぎを行うという点では、相続との関わりもなくはないと言えます。
通常は相続人の誰かを「相続人代表」に設定してもらい、その方に預金通帳や不動産の権利書を渡します。
しかし、相続の争いが事前から起きている場合は、誰かに渡そうとすると誰かが反対するということに当然なるので大変です。
なんとか相続人代表を設定してもらうしかありません。
預金であれば、とりあえず法定相続分通り分けることも可能ではありますが…
証券や不動産についてはこれができないので、困ったことになります。
3 相続財産を守るための成年後見申立
被相続人が認知症等の疑いがある際に、同居の親族が、被相続人の財産を勝手に使ったり、ひどいときには隠したり、第三者に移してしまったりということが良くあります。
このような場合において、財産を使ってしまったり、隠されたり、遺言を強制的に作らされないように、他の相続人候補者が成年後見の申立をするのは一つの手といえます。
成年後見人が就くことによって、成年後見人は財産を調査した上、預かり、管理するので、同居人に好きなようにされてしまう恐れは少なくなります。
遺言も原則としては作成することができなくなります。
成年後見人が就いているということは本人が遺言を書く意思能力がないということなので、無効となるのが通常であるからです。
遺言を作成するのであれば、成年後見人が就く前にすべきであるということになります。
4 成年後見の申立と開始
その人の判断能力が乏しくなっていると、法律的に「意思能力」がないといい、その者の法律的な意思表示、例えば「この不動産を買います。」と思って契約書にした署名・押印は無効となります。
そこで、そのような状態で、後に法律的な意思表示が無効となるような事態にならないように、成年後見人をたてる必要があります。
以前は「禁治産者」と呼ばれていた制度が「呼び方が差別的である」として、呼び方を変え、内容もアレンジを加えた制度がこの成年後見人制度です。
なお、これより意思能力が多少ある場合として「保佐」と「補助」という制度があります。
これらについては機会があれば説明します。
成年後見人は,原則として、成年後見を受ける本人の親族等の申立により始まります。
申立て自体は、そこまで難しいものではないので、必ずしも弁護士が代理しなくてはならないというものではありません。
現にご自分で申立てられたケースを何回か担当しております。
本人の経歴や財産についての情報、本人の財産を相続する相続人候補者の意向等を記載する必要があります。
弁護士が代理して申立てる場合は、だいたい事案の大きさによって、費用として20万円~30万円ぐらいが通常です。
その他、本人の意思能力をチェックするために診断書が必要です。
これは、裁判所の書式によるもので、診断書の作成費用も裁判所の方から5万円~10万円ぐらいと決められています。
また、この申立書には、成年後見人の候補者を記載することができます。
親族自身や、既に知っている弁護士を候補にすることができます。
しかし、もうちょっと前は、どの弁護士も候補者にできたのですが、最近は、成年後見人に就任できる者は、私のように裁判所の名簿に掲載されている者に限られている裁判所が多いです。
そして、本人に大きな財産がある場合には、有資格者ではない親族は就任できないし、弁護士以外の職業の者ができない場合も多いです。
本人の財産を横領する者が多いので、どんどん制度が厳しくなっているからです。
5 成年後見人の業務と報酬
主に財産管理です。
通帳や不動産の権利書等を預かって管理します。
成年被後見人(本人)の動向をチェックするため、本人に届く郵便を成年後見人のもとに転送するのが通常です。
その他、ある程度本人の体調等を把握しておく必要があります(身上監護)。
介護施設等に入ることを検討した方が良い状況になることもありうるからです。
そのために、成年後見人は1~2ヶ月に1回程度、本人に会いに行くことが多いです。
なお、誤解している方も多いですが、成年後見人はあくまで成年被後見人のための成年後見人です。
一緒に居住している相続人候補者の代理人ではありません。
後の相続のための話には基本的に入っていけないし、助言も基本的にはしません。
このことについては、機会があれば詳しく解説します。
成年後見人の報酬は、本人の財産が平均程度の財産であれば、月額3万円前後が通常です。
弁護士が行う「企業の顧問弁護士」の最低額(旧弁護士報酬基準)と同じ程度ということになります。
これに加えて、例えば本人の所有する家を売却する等、手間のかかる手続を成年後見人が行ったときは加算報酬があります。
売却した不動産の金額に応じて、通常数十万円程度増額します。
この報酬は、成年後見人が裁判所に対して年1回報告を行うのですが、この際に報酬請求の申立を行います。
これに応じて、裁判所が、1年間の業務内容をチェックして報酬を設定するわけです。
裁判所の報酬決定がされると、成年後見人は、本人の預金口座等から、報酬を受け取ってよいことになります。
なお,成年後見人が横領をするということが多いことはご存じだと思います。
この横領が起こるときは、上記の年間報告が滞ってからが多いようです。
成年後見人の年間報告が1年ぐらい遅れていたら,要注意段階と言えるでしょう。
専門家ではない成年後見人が横領をするケースは非常に多いです。
しかし、弁護士のような専門家でも、残念ながら横領するケースもあります。
そこで、最近では、専門の信用保証保険ができて、これに入っていないと裁判所の成年後見人のリストに入れないというようになっています。
弁護士成年後見人信用保証制度について