後妻業の実話と相続 本当にいるの!?【遺言無効・法定相続分・遺留分等対抗策を弁護士が解説】

教養・雑学
櫻井 俊宏

櫻井 俊宏

「弁護士法人アズバーズ」千代田事務所・青梅事務所の代表弁護士。 中央大学の法務実務カウンセルに就任し11年目を迎える。


生い先短い老人と結婚して、相続財産をごっそり持っていくことを通称「後妻業」というのですね。
実は、世間で認識されているよりも、これを狙っている女性は現実に多いです。
弁護士法人アズバーズでもこの問い合わせをよく受けますし、実際に代理人として対処した事案も複数あります。ただ、その老人の家に住み着いて出ようとしないような事案もあれば、本当に本人の意思とは思えないような遺言を書かせたような事案もあります。その中には、完全に老人本人の心を掴んで、全く問題なくパートナーに落ち着いたような事案もあります。

【後妻業】という言葉の発祥は、「黒川博行」先生の小説の題名のようです。
私も黒川博行先生の代表作「疫病神」シリーズは読んでいましたが、「後妻業」という作品は知りませんでした。

この後妻業は、相続の法に沿って行っていれば、あらゆる意味で犯罪にあたるような要素はありません。
前述のように、実際、亡くなった被相続人本人の思いにも沿っているような場合も多いです。
そこがやっかいです。
対抗する他の相続人は、「相続」という制度の枠の中でどうにかするしかないと思います。

事例を示した後、対応するための法律問題として、

・後妻業と遺言について
・後妻業に対抗する法
定相続分について
・後妻業への対抗手段である遺留分について
・遺言無効確認訴訟の難しさ

等についてお話します。

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千代田区・青梅市の弁護士法人アズバーズ、代表弁護士の櫻井俊宏が解説します。

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1 後妻業の女現る!!弁護士櫻井の幻冬舎の記事より(実話ベース)

後妻業の女現る!!弁護士櫻井の幻冬舎の記事より

以下、私が作成して掲載されている幻冬舎ゴールドオンラインの「後妻業」の記事の事例をまずは御覧ください。実話に沿っております。
70歳の父が再婚!?後妻の暴挙

「えー!?」
70歳の父が再婚すると言い出しました。
父はガンを患い、余命はあと数年と伝えられていました。母はすでに亡くなっています。
驚きはしましたが、今後どんな人と過ごすかは父が決めることです。

幸せに暮らせるのならと、兄と私はその旨を伝えました。
「そっか、おめでとう!どんな人なの?同じぐらいの年齢?」
「近所の将棋教室で会ったんだ。20歳以上は年下だな」
(えっ…20歳以上下!? 私たちと同じくらい!?)

後日、その女性Aを父から紹介してもらいました。
腰が低くていい人に思えましたので、私たちは一安心しました。

それから1年の間、私たちは、父とAさんとは節目節目に会っていました。
ですが、父はガンの症状が悪くなってきて、入退院を繰り返すようになりました。
動くことも難しくなり、在宅介護の日々が続いたそうです。

そのころからです,Aさんが豹変したのは…
「あの人は『体調が悪くて会えない』と言ってます」
「じゃあ電話だけでも代わってください。心配なんです」
「それはちょっと…喋るのもおっくうなんです!あまりしつこく電話しないでください。迷惑です。」
連絡するとこの調子です。
たまに父と連絡が取れても,父はいきなり怒り出して電話を切る始末です。

もしかして、「洗脳」か何かされているのでは?
兄と私は不安でたまりませんでした。

さらに1年ほど経って、父は亡くなりました。
この期間、幾度か電話をしたり、訪問したりしましたが、ほとんど父と話すことはできませんでした。
今でも思い出すだけで辛いのは、私たちは父の葬儀にも呼ばれず、Aにより密葬で済まされてしまったことです。
どんな手を使ってでも父の傍にいるべきだったと後悔しています。

悲しみと絶望に暮れるなか、更に怒りが頂点に達する連絡がありました。
弁護士の書面と一緒に、父の公正証書遺言が送られてきました。
その内容はなんと
「すべての財産をAに相続させる」

というものでした。

私が住んでいる家は父からも少し費用を出してもらっていて,父には10分の1の共有持分があるのですが,その分も含めてです。
父がこのような遺言を作るはずがありません。
弁護士に相談したところ「遺留分」というものが請求できるそうです。
難しい戦いになるそうですが、遺言無効確認という裁判もできるそうです。
こうなった以上、弁護士を立てて、Aと徹底的に争うつもりです。

このような場合、どのように争っていけばよいのでしょうか。以下、解説していきます。

2 後妻業女が作成させる「遺言」について

後妻業女が作成させる「遺言」について

遺言は、法律の世界では「遺言」と書いて「いごん」と読みます。
上記の事例のように、後妻業の女は、まずは相続財産が自分にいくように、夫に自分に有利な遺言を作成させようとします。

この遺言の中には、自分で手書きで書く「自筆証書遺言」(民法第968条)のほかに、公証役場で公証人という方に作成してもらう「公正証書遺言」(民法第969条)があります。

これにより、公証役場に遺言の写しが残ります。
公正証書による遺言であれば、紛失してしまうとか、見つけた人が破いて捨ててしまうといった自筆証書遺言に生じがちなトラブルの心配もなくなります。
各種遺言についてより詳しい話はこちら

また、最近、自筆証書遺言書保管制度というものが誕生しました。
その名の通り、自筆証書遺言について、登記等を統括する法務局に預かってもらうことができる制度です。
紛失等のリスクを防ぐことができます(遺言書保管法)。
遺言書保管法について

もし、公正証書等を作成せず、自筆証書遺言を作成するようであれば、遺言は原則手書きでないと無効であること、日付・氏名の記載が必要であること等に注意してください。
ただし,最近の民法法律改正で、遺言の中で、どのような財産があるかを記載する「財産目録」については、手書きでなくても大丈夫ということになりました(民法968条2項)。

遺言の最後に、被相続人の思いを綴る場合があります(「付言事項」と呼ばれています)。
「特定の誰かに世話になったからその人の相続分を多くする」
「相続人みんなで力を合わせて家を守ってもらいたいから,このように分割する」
等のみんなを納得させる文章があることによって、被相続人の思いが伝わり、相続争いを防ぐ効果があります。

私が裁判をしたケースは、後妻業の女が、こちらの依頼者の父親と結婚には至らなかった上に、この遺言の作成は父親が拒み続けていたので、家に居座った後妻業女に対し、勝訴的和解を得ることができました。
しかし、いつもそのことばかり話して、半洗脳の状態で遺言を作成させるとか、ひどい場合には、弱っている被相続人の手を手添えで操って遺言を書かせるような場合もあります。

いずれにしろ、後妻業の女に相続させる旨の遺言を作らされてしまった場合はとても大変です。

3 後妻業女に対抗するための「法定相続分」

後妻業女に対抗するための「法定相続分」

相続人の取り分は原則として法律で決まっています。
後妻業の女が現れても遺言がない場合には、対抗する子供たちには、以下のように「法定相続分」があります。

たとえば父親がすでに亡くなっている場合。
母親が死去したとき、子供2人の取り分は2分の1ずつが通常です。
これを法定相続分といいます(民法900条)

配偶者と子供がいるときの相続分は配偶者が2分の1、子供が残りの2分の1となります。

子供が複数人の場合は、その2分の1を人数分で分割することになります。
たとえば子供が3人なら、6分の1ずつ。

なお、配偶者がいない場合には、子供だけで人数分に分けます。
すなわち、子供3人である場合は3分の1ずつです。

配偶者と親がいる場合には、配偶者が3分の2、親は3分の1です。

この知識は前提知識です。まずは頭に入れておきましょう。

4 後妻業女に対抗する最大の手段「遺留分」とは?

後妻業女に対抗する最大の手段「遺留分」とは?

後妻業女の働きかけによって遺言が作成され、その者に多く相続分が設定されたとしても、ほかのもともとの相続人がもらえる最低取り分を「遺留分」と呼びます。

被相続人の子供の遺留分は本来の法定相続分の2分の1です。

したがって本件の事例では、本人と長男の法定相続分は4分の1ずつ、遺留分は4分の1の半分なので、8分の1ずつとなります。
この「遺留分」は、後妻業女によって遺言が作成されても対抗できます。

そこで「Aに全部あげる」と遺言を書いたとしても、遺留分がありますから「相続財産の8分の1を渡せ」と2人ともそれぞれ主張できるわけです。

このような調停・裁判を3回遂行したことがあります。

もちろん、遺産をもらえないときは裁判所を通した裁判もできます。
遺留分は、被相続人の子供や配偶者の割合は法定相続分の2分の1、被相続人の親の場合は法定相続分の3分の1です(民法1042条1項)。

本件の事例でも、とりあえず、この遺留分を主張していくことはできます。

遺留分の主張をする際、法定相続分よりも多い相続を受ける当事者に対し「遺留分侵害額請求」という意思を表示する必要があります。
「遺留分侵害額請求権を行使します」と記載した手紙を送るわけです。
証拠として残る形がよいので内容証明郵便で送るのが望ましいでしょう。

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遺留分侵害額請求権は、相続の開始および遺留分を侵害する贈与、または遺贈があったことを知ったときから1年間行使しないと、時効によって消滅しまうので注意が必要です。

遺留分制度の改正

5 後妻業事案において遺言無効確認訴訟は難しい!?

後妻業事案において遺言無効確認訴訟は難しい!?

遺言の無効を主張するには 本件の事例のような場合、Aが遺言を無理矢理作らせたとして、そもそも遺言が無効であるという主張も考えられます。
すなわち父が重度の認知症であり、それにも関わらずAが祖父を公証役場に連れていって、公正証書を作らせたという主張です。
この主張はなかなか大変です。というのは,公証役場という公共の団体において、公証人という一定の地位のある人間が立ち会って作成した以上、公正証書遺言の内容は原則として有効であるからです。

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自筆証書遺言の場合には、筆跡が違うケース等も考えられ、ほかの者が作成したものとして無効となることもあるでしょう。
しかし、公正証書の場合は、被相続人は自分で書くわけではなく、立ち会って内容を確認するだけで、実際に作成するのは公証役場の正式な公証人です。
このことから、無効を主張するには、作成したときに重度の認知症であること等を証明する必要が生じます。

遺言無効確認の裁判を提起して、その時期のカルテや第三者・公証人の証言等をもとに、作成した時点で祖父が重度の認知症であることを証明する必要があります。
裁判例上、無効が認められるケースは非常にまれです。100回に数回程度だと考えてよいと思います。

特に、本件で問題としている後妻業事案においては、後妻業女によって徹底的に遺言能力についての証拠を残しておくようにされるのが通常であり、対抗はなかなか大変です。

6 最後に

後妻業事案では、後妻業女は、人生後半を優雅に過ごすために、数年を要して、徹底して準備をしてきます。
そして、このようなことが起こるのは、寂しくなった父親に子供たちがあまり目をかけなかった場合に目をつけられることが多いです。
まずは、事実上、1人になった父親に頻繁に会いにいって、面倒を見るのが最大の対策と言えるでしょう。

また、後妻業女が牙をむくのは、夫が亡くなってからです。
それまではおとなしくしているのが通常ですが、その際も相手と接触して、じっくり見定めるのが良いと思われます。

【2024.7.21記事内容更新】

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