2022年10月1日、改正プロバイダ責任制限法が施行されました。ネット上の誹謗中傷が社会問題となっている昨今、法改正により加害者の特定に要する時間やコストの軽減が期待されます。
本記事では、
・プロバイダ責任制限法とは
・今回の主な改正点
をまず解説します。そして後半のQ&Aでは
・権利侵害にあたる投稿内容
・慰謝料請求権の時効や相場
・侮辱罪の厳罰化
についても言及します。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 プロバイダ責任制限法とは
プロバイダ責任制限法(以下、プロ法と略します)は正式には「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」という長い名前です。
名前のとおり、プロバイダの責任と発信者情報を開示するルールを定めた法律です。ネット上で他人の権利を侵害する違法な投稿がされた場合に無限に拡大しかねないプロバイダの責任を制限するとともに、被害者救済の前提となる加害者の特定に関する手続きについて定めています。
今回は後半の発信者情報の開示について改正がありました。
従来の被害者による発信者情報開示請求以外に、裁判所による発信者情報開示命令という手続きが加わったのです。
2 改正(2022年10月1日施行)点をわかりやすく!
改正の大きなポイントは次の2点です。
(1)新しい裁判手続きの創設
従来はネット上の誹謗中傷を受けた被害者が加害者を特定するには、少なくとも2回の裁判を起こす必要がありました。まずTwitter、Facebookといったコンテンツプロバイダ(以下、CPと略します)へ訴訟をし、まずはIPアドレス等の情報を取得します。そこで得られたIPアドレス等をもとにフレッツ光やauといったアクセスプロバイダ(以下、APと略します)に訴訟をし、その判決を得てようやく契約者の氏名・住所などの情報を知ることができます。
しかもCP、ADいずれにも、ログ情報の保存期間に3か月から長くても1年というタイムリミットがあり、CPへの裁判進行中にAPに対して発信者情報消去禁止の仮処分の申立てるのが通常です。このように時間と労を多くしても、技術的な限界や情報不足等の理由により加害者特定に至らないこともめずらしくありませんでした。
このことから、弁護士費用も最低100万円はかかるという状況で、大きな企業等でないかぎり、誹謗中傷に対して打つ手なしという状況でした。
そこで、2つの訴訟手続きを一体化させて時間とコストの軽減を狙ったのが今回の改正法なんですね。
【発信者情報開示命令事件手続き流れ】
① 被害者はCPを相手取ってIPアドレス等の開示命令を発するよう裁判所に申立てる(8条)。
② ①の申立て(本案)に伴い、被害者はAPの名称等の提供命令を申立てる(15条1項1号)。
③ 裁判所から②で提供命令を受けたCPは被害者にAP名を提供する。
④ 提供命令で得られたAPの情報をもとに、被害者はAPを相手とする発信者の氏名住所等の情報開示命令を申立てる(8条)。
⑤ ④の申立て(本案)に伴い、被害者は発信者情報の消去禁止命令を申立てる(16条1項)
⑥ 被害者が④の申立てをした旨をCPに通知すると、CPは申立人には秘密にしたまま発信者情報をAPに提供する(15条1項2号)。
⑦ 裁判所から①及び④(両者併合審理)で開示命令を受けたCPはIPアドレス等を、APは氏名住所等の発信者情報を、それぞれ申立人に開示する。
【開示命令事件として処理される】
これまでの開示「請求」事件と異なり、開示「命令」事件として処理されます(非訟事件)。非訟事件には証人尋問はなく書面の証拠の出し方についても厳密なルールはありません。個々の裁判官が簡易かつ迅速な裁判を目指して命令を下すことになります。
【スピーディーに進む】
①の開示命令が認められるための要件は従来の開示請求の場合と同じで、結構厳しめです(8条、5条1項1号~3号)。これに対して新しい③提供命令の要件は「発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があると認めるとき」(15条1項)と、かなり緩く、被害者は本案の開示命令の発令を待たずにAP名の提供を受けることができます。その結果、短期間でAPに対するアクションをとることが可能になります。
【CPとAPに対し一体的に処理が進む】
次に被害者はAPを相手取って発信者情報の開示命令を申立てますが(④)、その手続きと、係属中の①のCPに対する開示命令事件の手続きが併合、一体的な審理を受けることができるようになりました。
申立人に秘密にした状態でIPアドレスやタイムスタンプ等の発信者情報がCPから提供される(⑥)ことでAPは保全態勢をとることができ、消去禁止命令(⑤)が発令されると直ちに情報が保全されます。
(2)開示請求対象の拡大
プロ法が制定された2001年当時は「2ちゃんねる」のような匿名掲示板が主流であり、加害者の特定には各投稿のIPアドレス探索で事足りていました。しかし、現在主流のSNSといったログイン型投稿では、ログイン情報は保有されるものの肝心の投稿時のIPアドレスは保持されません。そのため誰が加害者かはログイン時のIPアドレスから探るほかないのですが、それが開示対象かどうかについて争いがありました。
そこで今回の改正では、ログイン時のIPアドレス等を「当該侵害関連通信に係る発信者情報」(5条3項「侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、又はその利用を終了するために行った」)として、一定の要件(5条1条1号~3号)のもと開示対象に含まれることになりました。
3 プロバイダ責任制限法に関するQ&A
ここからはプロ法に関する素朴な疑問に答えていきたいと思います。
(1)改正法施行前の投稿は発信者情報開示命令の対象になりますか?
A.なります。
憲法39条を持ち出す方がいらっしゃいますが、同条は刑罰不遡及原則の規定です。被害者が発信者情報開示命令を申立てた時点で、問題となる投稿が実際にネット上に掲載されていれば、投稿自体は改正前のものであっても開示命令の対象になります。
(2)何年前の投稿まで遡って開示請求(命令)の対象になりますか?
A. 開示請求自体に消滅時効はありませんが、その後に予定されている慰謝料請求権には消滅時効があります。
匿名による誹謗中傷に対する慰謝料請求権は、開示請求(命令)によって相手を特定したときから3年、加害者を特定できなければ投稿時より20年で時効消滅します(民法724条)。現実には20年間もIPアドレス等が保存されるとは考えられませんので、3年の時効消滅が中心となります。
ただし、加害者特定に要する時間や技術面も勘案しますと、実際に対象となるのは約1年前のものが限界かと思われます。
(3)権利侵害にあたる言葉にはどのようなものがありますか?
A. 判例は一貫して「社会通念上許容される限度を越える」という基準を用いています。以下、発信者情報開示請求が認められた最新判例を紹介します。
例①東京地判令和4.4.18
「取り柄のねえガチの発達そうだしな」
「臭そう」
「メンヘラ全面に出してる人間はホント気持ち悪いわ」
例②大阪地判令和4.3.31
「ファンネル野郎」
「背が小さい、気持ち悪すぎる、女全員より小さい」
例④東京地判令和4.3.4
「トレース作家」
「顔は般若性格は腹黒金に汚くいいねには弱いそりゃ性交も子作り以外無理ー!ってなるな。」
(4)慰謝料の相場は?
A. 裁判におけるネット上の投稿に関する慰謝料の相場は、被害者が個人の場合は10万~50万円、事業者の場合は50万~100万円となっており、さほど高額とはいえません。
しかし訴外で和解をするとなると、加害者に公表されたくないといった事情があれば200万円、300万円と高額になることもあります。
(5)発信者情報開示命令が出された場合、侮辱罪で逮捕されますか?
A. 逮捕される可能性はあります。
発信者の特定は慰謝料請求といった民事責任のほか、刑事責任追及のための行われることもあります。侮辱罪は被害者からの告訴がなければ検察官は起訴できないことになっているため(親告罪)、被害者が告訴を目的に発信者情報開示命令の申立をすることは十分あり得ます。
そして、侮辱罪は2022年7月7日に改正されて法定刑が重くなりました。それまでは「拘留または科料」だけだったのが、新しく懲役・禁錮・罰金刑が加わったのです。
法定刑の変更は有罪にならない限り関係ないと思われますが、「逮捕のしやすさ」に大きく影響します。すなわち、以前は侮辱罪で逮捕するには「住居不定」または「正当な理由なき不出頭」(刑訴法199条1項但書)という条件が必要でしたが、懲役・禁錮刑が加わったことでこれらの条件はいらなくなります。
つまり、逮捕されやすくなったのですね。
なお、3(1)と異なりこちらは憲法39条の「刑罰」不遡及原則が適用されますので、2022年7月6日までの投稿については従来の「拘留または科料」のみが科せられます。
(6)新しい発信者情報開示命令ではなく、これまでの発信者情報開示請求はできますか?
A. できます。
改正プロ法では、新しい開示命令手続き(非訟事件)と現行の開示請求手続(訴訟事件)が併存する形になっています(8条、5条)ので、どちらを選択することも可能です。
ただし実際には、非訟事件と訴訟事件の違いを念頭に入れた選択を迫られるかと思います。開示要件の判断に困らない場合や当事者間に対立がない場合には開示命令手続きを、プロバイダが強く争う姿勢を事前に示しており、裁判所が開示命令を発したとしても異議の訴えが提起されて訴訟に移行すると見込まれるような事案については開示請求を選択する、といった具合です。
そして現在、訴訟と非訟の両手続きの組み合わせについて弁護士間で研究が始まっています。
詳しくは弁護士にご相談下さい。