母と子の親子関係は分娩の事実によって当然発生します。これに対して、父については子の母が妻であれば法律上の親子関係がありますが、生物学上の親子関係と必ず一致するとは限りません。
そこで子の身分の安定を図るために設けられたのが嫡出推定です。しかし、この嫡出推定が離婚後生まれた子に不利益を与えることがあります。「離婚後300日問題」「無戸籍児」です。
本記事では、下記の内容について解説していきます。
・現行の嫡出推定及び再婚禁止期間を背景に離婚後300日以内に生まれた子の法律上の扱い
・子が無戸籍となった場合の不利益の内容とこれを避ける方法
・2022年国会提出予定の嫡出推定規定改正要綱案の内容について
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 離婚後に妊娠が発覚~元夫の子になる?
⑴ 現在の嫡出推定と再婚禁止期間
嫡出推定は民法772条に規定されています。
・妻が婚姻中に妊娠した子は、夫の子と推定する
・婚姻が成立した日から200日経過後に生まれた子は婚姻中に妊娠したものと推定する
・婚姻を解消もしくは取消した日から300日以内に生まれた子は婚姻中に妊娠したものと推定する
女性の再婚禁止期間は民法733条1項に規定されています。
女は、前婚の解消又は取消しの日から100日を経過した後でなければ、再婚をすることができない
この2つの条文を図にまとめると以下のようになります。
解説
- 婚姻前に妊娠して婚姻後200日以内に生まれたAについて嫡出推定はありませんが、婚姻関係にある男女の間に生まれた子であるため、出生届の提出により戸籍上は甲の嫡出子として扱われます(推定されない嫡出子)。
- BCDは772条により前婚の夫甲の子であると推定されます。
- 仮に甲との離婚直後に乙と再婚した場合、離婚後300日以内かつ再婚後200日経過後に生まれたDは甲乙両方からの嫡出推定を受けることになりいずれが父親かの特定が困難になります。このような事態を避けるため、女性については原則として100日の再婚禁止期間が設けられています。
- Eは後婚の夫乙の子であると推定されます。
⑵ 子が「無戸籍」となる問題
上記のCDはその出生が甲との離婚成立後であっても、離婚後300日以内に生まれた子であるため、原則として甲の子として扱われ、元夫の子として戸籍に記載されることになります。
実際には乙の子であったとしても、離婚後300日以内は別の男性を父とする出生届では受理してもらえないのが原則なんですね…。
しかし、中には実の父の子として戸籍登録したいと希望する場合や、不貞の事実が元夫にバレたくない、DVの被害から逃れており子どもの出生や居所を知られたくないなどの理由から、出生届を出さないケースがあります。
でも出生届を出さなければ戸籍に記載されないですよね?その子は無戸籍児となってしまうということですか?
戸籍がなければ、原則として公的サービスが受けられません。就学もできず、健康保険にも加入できません。また身分を明らかにすることができないため銀行口座や運転免許、パスポート等も取得できず、正社員に就けないこともあります。
子の幸せや親子の平穏を願って出生届を出さなかった選択が、子の重大な不利益を招くことになってしまうなんてやり切れませんね…。
2 子が無戸籍となるのを回避する方法
では離婚後300日以内に生まれた子が元夫の子として戸籍に入れられることを受忍しなくてならないのでしょうか?
現行の嫡出推定規定の下でも、子を無戸籍にせず、元夫の戸籍に入れない方法がいくつかあります。ここでは出生届時とそれに前後する裁判所での手続きを紹介します。
⑴ 出生届時
① 出生届に「懐胎時期に関する証明書」を添付して出す
離婚後300日以内に生まれた子のうち、妊娠した時期が離婚後であれば、それを証明する「懐胎時期に関する証明書」を医師に作成してもらい、出生届にこれを添付して出す方法があります。
これには2通りの方法があります。
出生届の出し方 |
|
いずれの出生届でも子は無戸籍にならず、かつ元夫の戸籍にも入りません。
② 元夫の子として出生届を出す
一旦は元夫の子として出生届を出し、元夫の戸籍に入れます。その後、後述2(2)の裁判所での手続きを利用して実の父親を修正していく方法です。
元夫の子として扱われることに抵抗があるかもしれませんが、子が無戸籍とならない確実な方法です。
③ 住民票記載の申出をする
裁判所において戸籍記載のための手続きを進めていることを証明する書類を添付するなどして、将来的に出生届が出せる見込みがあることを条件に、戸籍記載前に住民票を作成してもらう方法です。
※注意※
外形的に子の身分関係を確定するための手続きが進められていることが前提であり、単に元夫の子ではないと主張するだけでは不十分であることに注意して下さい。
この方法なら戸籍がなくても住民票があるので、予防接種等の各種公的サービスが受けられることになります。
(2) 裁判所で「子の父」を明らかにする手続き
実父の子として出生届を出すことができる場合以外は、裁判所で実の父親を明らかにする手続きをとることになります。手続きには元夫から申し立てる場合とこちらから申し立てる場合があります。
下記のいずれの手続も、最終的には家庭裁判所における裁判によることになりますが、家庭の関係の紛争であることから、穏当に終わるのが望ましいので、話し合いで解決を求めていく調停を先に行うのが原則です(調停前置主義)。
① 嫡出否認
推定される嫡出子(上記図のCD)と元夫との親子関係を否定するためには、嫡出否認の手続きを家庭裁判所にて行います。
申立人:元夫 相手方:子又は親権を行使する母 申立期間:元夫が子の出生を知った時から1年以内 |
② 親子関係不存在確認
離婚後300日以内に出生した子であっても、夫の受刑、長期の海外出張、別居などを理由に妻が夫の子を妊娠する可能性がないことが客観的に明白である場合には、親子関係不存在確認手続きを申し立てることができます。
申立人 元夫 子 母 実父 相手方 子 元夫 元夫及び子 元夫及び子 申立期間:なし |
③ 強制認知
元夫との親子関係が否定されても実父との親子関係が認められるわけではありません。実父自らが子の認知をしない場合は強制認知の手続きをとることができます。
申立人:子、子の直系卑属(孫など)、母等 相手方:実父、実父の死亡後は検察官 申立期間:実父が存命であれば、子の出生後いつでも可能 ※実父の死亡後は3年以内 |
※ 元夫の子でないことが客観的に明白である場合には、実父を相手とする親子関係不存在確認と認知のいずれの手続きも利用することができます。両者の間には順序はなく、親子関係不存在確認の手続を経ずに認知の申立をすることもできます。
3 摘出推定の民法改正
無戸籍児が大きな社会問題となっていることから、嫡出推定規定の見直しが現在進められています。要綱案では「離婚後300日以内は元夫の子」という原則は維持されるも「再婚後生まれた子は現夫の子」とされます。また、同時に離婚後100日の女性の再婚禁止も廃止される予定です。
要綱案に従えば、離婚後300日以内でも母が子の実の父親と再婚した場合は生まれた子は現夫の子として出生届を出すことができ、現夫の戸籍に入ることができますね!
しかし、前婚の離婚成立後300日以内に子を出産、その後実の父親とも交際を解消してシングルマザーとして育てる場合には、原則として元夫の子として出生届を出さなくてはなりません。
このような点から、無戸籍児問題の完全な解消にはまだ課題が残りそうです。政府は見直し案の国会提出を2022年中に目指しています。
4 まとめ
現行民法の下では離婚後300日以内に生まれた子は原則として元夫の子として扱われます。
「事実と違う」「意に添わない」とお考えの方には、お子様にとってどのような方法がベストかを弁護士法人アズバーズの弁護士がアドバイスします。
また、離婚に伴う諸問題が未処理の場合にはお子様の戸籍問題と合わせて一挙解決を目指します。お気軽にお問い合わせください。
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