相続実務において昨今問題となりつつあるのが、デジタル遺産です。現在多くの方がスマホ決済やPCによる画像管理等を行っており「自分が亡くなった後、どうしたらいいか?」とお考えではないでしょうか。

本記事では、

デジタル遺産の定義
デジタル遺産の問題点

をまず前半で明らかにします。

そして、後半では

自分の死後に第三者に処分を委ねる生前対策

についても解説します。

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櫻井弁護士

学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。

1 デジタル遺産とは

 明確な定義はありませんが、持ち主が亡くなって遺品となったPCやスマートフォンなどのデジタル機器に保存されたデータや、インターネット上の登録情報等がこれにあたると考えられています。この点、ネットバンク上に残した口座預金等の金融資産はデジタル遺産から除く立場もありますが、ここで重要なのは「誰に、何のために承継させるのか」という視点を持ち重要度に応じて遺産を漏れなく分類・管理することです。

オフラインのデジタルデータは媒体である機器(有体物)と一体として考えればよいのに対して、オンラインではデータそのものだけが相続の対象となり権利の性質やデータの開示請求を個別に検討するといった作業が必要になることから、本記事もオフラインとオンラインに分けて考える一般的な立場によることにします。

オフライン オンライン
デジタル写真 各種アカウント
文書ファイル SNS 等の日記、写真
受信メール、メッセージ ネット系のサブスク契約
通話通信履歴 ネット銀行預金
閲覧履歴 暗号資産(仮想通貨)
各種設定 QRコード決済残高

 

 2 デジタル遺産の問題点

デジタル遺産のもつ問題点は大きく分けて以下の3つがあります。

(1)そもそも相続の対象か?

仮想通貨は資金決済法で決済手段としての財産的価値が認められていることから相続の対象となることは争いがなく、またオフラインに保存された写真等はその媒体となる機器の相続に従って処理することになります。

問題はオンラインの各種アカウントやマイル・ポイント類です。「物」でもなく通常の「債権債務」でもない、「一身専属的」とまではいえず、法律もない、といったこれらの情報は契約内容や利用規約を見る他ありません。利用規約によっては消費者保護法からの修正がないとも限りませんが、大手航空会社のマイルは一定手続きのもと相続が可能であり、SNSのアカウントやサービス的な意味合いの強いクレジットカードのポイント類では利用契約の相続は想定していないのが一般的傾向と思われます。

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櫻井弁護士

このようにデジタル資産を一概に判断することができず、しかも日々新しい様式のものが登場するという現状がデジタル遺産をより複雑にしているのです。


(2)相続人からはわかりづらくアクセスも困難

 クラウド上に保存した資料や各種アカウントの登録情報、誰もが一度は失念した経験があるでしょう。本人でも管理に戸惑うデジタル資産を、何の手掛かりもなく本人以外の者が探し当て適切に管理することはまず期待できません

 またパスワード入力の失敗による端末の初期化機能(ローカルワイプ)が標準装備されたスマホでは、一旦ローカルワイプされてしまうとデータの復旧は専門業者でも困難です。そのような機能を利用せずとも「使わないと思って端末を捨てた」場合にも、アクセス不可能となってしまいます。目に見えない、手に取れないデジタル資産の利便性が相続の場面では仇となってしまうのです。

(3)発見や対処が遅れた場合のリスク

 相続人全員による遺産分割協議が終了した後で重要なデジタル遺産が発見された場合、相続人の一部に「それなら合意しなかった」という不満が生じた場合には、協議上の取り決めにもよりますが、改めて協議をやり直すという事態が起こり得ます

 また、対処が遅れたからといって相続税が猶予されるわけではありません。平成30年3月の財政金融委員会で当時の国税庁長官が暗号資産について、パスワードがわからず引き出せない状況であっても課税対象となる旨回答しており、納付が遅れれば延滞税が発生するリスクを負います

(4)放置しておくことのリスク

 「探し出すのが困難なら放っておく」という考えも望ましくありません。特に注意が必要なのは外国為替証拠金取引(FX)です。小さな自己資金で大きな投資効果を狙うレバレッジ取引では放置していた間に対応ができず損害(追証)が数百万円に上ることも珍しくありません。また管理するブログ等でアフィリエイト広告収入を得ていたアフィリエイターが亡くなった後に何の手立てもしないでいると、契約上の義務違反を問われる可能性があります。

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櫻井弁護士

これ以外にもデジタルデータの盗用やアカウントの乗っ取り、上記の税務上のリスク、そして単純に「もったいない」といった問題もあります。

3 生前にできること

 ここまでデジタル遺産の問題点を指摘してきましたが、スマホやPCをはじめとする情報通信機器の世帯保有率は97.3%であり(令和4年版 情報通信白書)、デジタル資産をもたないという選択肢はもはや現実的ではありません。そこでデジタル資産を保有する本人が生前にできる対策について以下紹介していきます。

(1)遺言書やエンディングノートへの記載

 「発見しづらくアクセスが困難」というデジタル遺産の特殊性をみれば、遺産となり得るものをリストアップし、登録情報と併せて家族に伝える工夫が必要になります。とはいえ、いわゆる「へそくり」や人には見られたくない写真など、生前から家族に周知させることが不向きなものもあります。そのような場合は遺言書やエンディングノートの活用が考えられます。

遺言において指定した相続人へデータ処分の指示を記載する

エンディングノートにデータ処分に関する要望を記載する

 遺言には記載することで法的効果をもつ事項(法定遺言事項)ともたない事項(付言事項)があり、通常付言事項には被相続人が遺言に至った経緯や特定財産を特定の相続人に承継させる理由などが記載されます。

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櫻井弁護士

この付言事項として「データを消去してほしい」等の要望を記載することが可能です。エンディングノートへの記載もまた法的効果をもたない要望として扱われます。

(注意点)

 実際に従うかどうかは相続人が自分の判断で決めることができ、かりに要望に応じなかったところで法的な義務は発生せず、その効果は不確実なものに過ぎません。また処分対象に著作権が発生する場合に要望を受けた特定の相続人が独断で処分することは、他の相続人の共有持分への侵害にもなり得るため注意が必要です。

 なお、遺言書には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類がありますが、いずれにおいてもデジタルデータのままでの遺言は認められていません。自筆証書遺言では財産目録以外は自書することが必要であり、遺言本文をパソコンで作成、プリントアウトしたものを使用することはできません。

(2)負担付遺贈又は負担付遺産分割方法の指定

相続人以外の者に対して、データ処分やweb上の各種サービスの削除・解約といった負担を内容とする負担付遺贈をする

特定の相続人に対して、負担を付けて財産を相続させる

 いずれも義務(負担)とともに財産を取得させるもので、遺言の相手が相続人以外であれば負担付遺贈、特定の相続人であれば負担付遺産分割方法の指定ということになります。上記の付言事項とは異なって単なる「要望」ではなく、相手は受け取りを条件に負担の履行義務を負うことになります。もし予定していた負担が履行されなければ遺言が取消される可能性もあるのです。

(注意点)

負担の履行確保のためには遺言執行者の指定も併せて行いたいところです。

また遺贈は遺贈者の一方的な行為とされており受遺者の側で受け取るか相続放棄するかは自由に判断ができるため(負担付相続でも遺贈の規定が準用されるため同様)、確実性を期するのであれば、あらかじめ相手との取決めを行っておくのが望ましく、結局下記の死後委任契約が簡便ということになります。

(3)死後事務委任契約

受任者となる者との間で死後事務委任契約を締結してデータ処分やweb上の各種サービスの削除・解約等を委ねる

 入院諸費用や葬儀代の支払等、亡くなった本人では履行することができない法律事務を、契約を通じて他人に任せることが広く行われています。この方法をデジタル遺産の処分にも活用するのです。ただしこの方法は法理論上、次の2点が問題となります。

通常の委任契約では当事者の死亡によって契約が終了することになっており(民法653条)、委任者の死後も効力を持つことを意図した合意の有効性が問題となりますが、最判平成4年9月22日では「民法653条の法意がかかる合意の効力を否定するものでないことは疑いを容れない」としています。

 さらに委任契約の当事者には無理由解除権が認められているため(民法651条1項)、委任者本人の死後その相続人が自由に解除した場合には本人の意思が貫徹できないという不都合が生じます。この点、東京高判平成21年12月21日では「契約内容が不明確又は実現困難であったり、委任者の地位を承継した者にとって履行負担が加重であるなど契約を履行させることが不合理と認められる特段の事情がない限り、委任者の地位の承継者が委任契約を解除させて終了させることを許さない合意を包含する」としており、無理由解除権の行使は制限されると考えることができます。

(注意点)

 遺言は厳格な方式が求められる(要式行為)のに対し、死後事務委任契約を用いれば口約束でも同じ効果が得ることができ、重複した内容の義務が発生するリスクもあります。それゆえ受任者にはデジタル遺産の取扱いやweb上のサービスに詳しいことはもちろん、各場面における遺言及び死後事務委任契約のメリットデメリットを熟知し、適宜使分けができる者を選ぶ必要があります。

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櫻井弁護士

デジタル遺産をどのように処理したいか、相続人がデジタル遺産を見つけた場合にどうすればよいか、困った方は、まずは当事務所の弁護士にお電話での無料問い合わせでご相談ください(03-5937-3261)。

 
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