一時期、連日某女優の不倫報道が相次ぎ、直筆の手紙まで登場するという騒ぎとなっていました。また今、芸能界の大御所、松本人志氏がスキャンダル疑惑を文春に報じられ、文春に対し法的措置を検討しているとのことです。
「毎週ゴシップを流す週刊誌は訴えられないのか?」
「リークした者に責任はないのか?」
結論から言うと、週刊誌・情報提供者ともに不法行為責任が成立する可能性があります。それなのに暴露記事がなくならないのは、法律論では片付かない商業主義があるからです。
本記事では、
・出版者及び情報提供者の責任
・過去の判例から見た賠償金額
・ゴシップ記事がなくならないカラクリ
そして、
・情報提供者の匿名性
についても解説していきます。
文春等の出版者の法的責任は?
まずはスキャンダル記事を作成し出版している週刊誌側の法的責任についてです。
名誉棄損罪及びプライバシー権及び著作権侵害を理由とする不法行為責任が成立する可能性があります。
名誉棄損
名誉とはその人が受ける社会的評価であり、それを保持することが人格形成に必要な権利として保障されています(憲法13条)。
不特定多数の読者が手に取る週刊誌面上で、ターゲットとなる人物の動向をつぶさに記録、関係者からのコメントも入れて「不倫関係にある」「不貞行為だ」といった事実の指摘や評価の仕方は当該人物の社会的評価を損ねるものであり、原則として名誉権侵害にあたります。
もっとも、次のいずれかに該当する場合には例外的に違法とはいえず、法的責任が発生しません。
・公共の利害に関する事柄
・もっぱら公共のためという目的
・指摘された事実が真実であることの証明
対象となった芸能人が公職や社会的影響力のある会社役員であるといった特別な事情のない限り、その不倫について公表することに公益性や公共目的は認められないでしょう。そして不倫が事実でなければ違法性は否定されず、名誉棄損罪(刑法230条。3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金。)が成立する他、不法行為責任(民法709、710条)も発生します。
これに対して仮に不倫が事実であった場合でも、次のプライバシー権侵害となり得ます。
プライバシー権侵害
プライバシー権とは私生活上の事実や情報を守る権利(憲法13条)であり、芸能人にも当然あります。
「芸能人なら私生活の露出も有名税だ」といった意見もありますが、ゴシップ報道による売名や利益の獲得等を意図しているのであればともかく、マスメディア等を通じて自己を表現することを職業とする者にも私生活上の領域に属する事実は存在するのであり、芸能人であるからといってプライバシー権を放棄したと解釈することはできません(東京地裁平成19年12月10日裁判例)。
ことに不倫に関する事実については、一般人であれ芸能人であれ、公開を欲しないのが通常であり、世間一般に知られていない事実を公表することはプライバシー権侵害となります。
著作権侵害
被害女優が不倫相手に綴ったラブレターをそのまま週刊誌面上に掲載した点については著作権侵害となります。ラブレターは書き手の思想や感情が表現されているため著作物にあたり、その内容を勝手に公開することは著作者人格権の一つである「公表権」の侵害となるからです。
週刊誌は訴えられない?
週刊誌側は上記のように様々な権利を侵害しているわけですが、訴えられないのでしょうか?
芸能人のプライバシー侵害をめぐる裁判は多くある
芸能人が出版者(編集長が加えられることもある)を相手取ってプライバシー権侵害を理由に損害賠償支払を求める訴訟は数多くあります。つまり週刊誌側は訴えられており、そして負けているのです。
このうち不倫報道に関する裁判をいくつか紹介しましょう。
判決日付 | 原告 | 被告 | 賠償金額 |
東京地裁H20.6.17
|
女優 (今回渦中にある女優です) |
女性セブン | 120万円 |
東京地裁H16.11.10
|
サッカー選手 | 週刊現代 | 120万円 |
東京地裁H15.2.18
|
フリーアナウンサー | 週刊アサヒ芸能 | 170万円 |
報道をやめないカラクリ
芸能ニュースを扱う週刊誌側がこれら裁判を知らないはずはなく、その顛末も当然知っているでしょう。それなのに毎週のようにゴシップ記事を流すのは賠償金額の低さに理由があります。日本の名誉棄損やプライバシー侵害は、外国に比べ、侵害額が低いのです。
ここで不倫ネタではありませんが、元女優の近所トラブルを報道した出版者に名誉権やプライバシー権侵害を理由に「1000万円は下らない」という破格の賠償金額を認めた判決文の一部を紹介します。
東京高裁平成13年7月5日
「本件週刊誌は、芸能人等の有名人の話題や芸能人のゴシップなどを記事として掲載することが少なくない女性向けの週刊誌であり、その発行部数が約72万部にも及んでいる巨大な娯楽雑誌であること、その発行部数から推定される毎号の返本部数を控除しても少なくとも50万部は実売されていることが認められ、毎号当たり控訴人(出版者)に少なくとも1億円以上の売上高をもたらしているものと推認される。」
もちろん売上高は時の情勢や発行部数により左右されますが、報道内容がよりセンセーショナル、そして過激であればあるほど購読者が増え利益に繋がることになります。
これに対して裁判沙汰となって負けても賠償金額は高々百数十万円です。そしてイメージ悪化を恐れてそもそも訴えない芸能人もいます。このような事情を背景に、権利侵害であり違法だとわかっていても、それを上回る経済的利益が毎週のゴシップ記事を生み出しているのです。
ただ、今回の松本人志氏は、かなりの大物です。
記事が正当なものではないときの発生した損害は大きなものにわたることになるでしょう。
文春の記事が違法となるか、もし違法となった場合には、どのぐらいの賠償額が認められるか、非常に注目です。
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情報提供者の法的責任は?
今回の報道では女優による手書きの手紙が公開され、その入手ルートも気になるところです。ネット上には各報道機関のリークサイトが多数掲載されており、謝礼もあるようです。
では一般人が出版者等に芸能人のプライバシーに関する情報を提供することに法律上問題はないのでしょうか?
共同不法行為となる可能性
外部者からの情報提供がきっかけであったとしても、実際に記事を作成・編集・発表するのは出版者です。したがって情報提供行為とプライバシー侵害行為による損害の発生との間には因果関係が認められず、原則として情報提供者に責任はありません。
ただし次の場合は、出版者と共に情報提供者にも不法行為責任が成立する可能性があります(共同不法行為責任 民法719条)。
広島地裁平成25年5月29日
・提供された情報がそのまま記事になる場合
かつ、
・情報提供者がそのことを予見し、または予見し得たとき
前提として出版者に不法行為責任が成立していることが条件ですが、今回騒動では提供した手紙がそのまま誌面上に掲載されており、提供者もそのことを了解し、少なくとも予見はしていたでしょう。だとすると、共同不法行為となる可能性があるといえます。
情報提供者固有の責任
共同不法行為責任の成否とは別に、情報取得行為自体に法的責任が発生する可能性があります。
手紙や書類の持ち出し
窃盗罪、文書毀棄罪が成立し、別居中の配偶者の部屋やオフィスに立ち入った場合は住居侵入罪が成立します。
メールの盗み見
クラウド上に保管されたメールやLINEでやりとりしたメッセージを勝手に見る、スマホ上に保存されたメールを転送するといった行為は不正アクセス禁止法違反になります。
情報提供者の匿名は守られる?
週刊誌に情報提供しても誰が提供者かを伏せてもらえれば法的責任を回避できるのでは?と思うかもしれません。実際にリークサイトでは「取材源は必ず秘匿いたします」とあり、なんとなく信用できそうです。
確かに記事の作成から公表にかけては、報道倫理上、情報提供者の秘匿は守られるでしょう。問題は裁判となった場合も守られるのかです。取材源に秘匿に関する刑事・民事両裁判についての最高裁判決を紹介します。
刑事裁判
朝日新聞石井記者事件(最高裁昭和27年8月6日)の判決要旨です。
・現行刑訴法は新聞記者を証言拒絶権あるものとして列挙していないのであるから、刑訴149条に列挙する医師等と比較して新聞記者に右規定を類推適用することはできない。
・憲法21条1項は一般人に対し平等に表現の自由を保障したものであって、新聞記者に特種の保障を与えたものではない。
・取材源について、公の福祉のため最も重大な司法権の公正な発動につき必要欠くべからざる証言の義務をも犠牲にして、証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができない。
古い上に批判の多い判例ですが、現状最高裁の見解としては、刑事裁判では取材源の秘匿は保障されないということになります。公正な裁判を実現するのに必要となれば、証言拒否罪(刑訴法160条 10万円以下の過料)という制裁のもと情報提供者を明らかにしなければなりません。
民事裁判
NHK記者証言拒絶事件(最高裁平成18年10月3日)の判決要旨です。
・報道が公共の利益に関するものであって、
・その取材の手段、方法が一般の刑罰法令に触れるとか、取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく、
・当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件であるため、当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く、そのために当該証言を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合
↓
当該取材源の秘密は保護に値すると解すべきであり、証人は、原則として、当該取材源に係る証言を拒絶することができると解するのが相当である。
民事裁判では公共性が高く社会的に重要な民事事件以外は、取材源の秘匿に軍配が上がります。
まとめ
芸能人の不倫・浮気ネタ裁判は週刊誌側にとっては分の悪い戦いですが、それでも報道が続くのは賠償金を上回る収益があるからです。そして偶然知り得た芸能人の個人情報を週刊誌側に提供することは名誉権・プライバシー権侵害等の違法行為の片棒を担ぐことになりかねず、裁判となった場合には秘密が守られるという保証もありません。
最近は、法的な弾劾を相手に対してすることが難しい場合に、公的機関でないところの報道を用いて、報復+ある程度の取材料を求めてリークするケースも増えているような気がします。
松本人志氏の裁判でも、裁判が続いている中、松本氏の弁護士自身が、被害を受けたと主張する被告A子さんの出廷を妨害するため、A子さんの周囲の人に直接プレッシャーをかけて出廷を妨害しているとか、探偵をつけて、出廷妨害工作をしているとか、というような内容が文春の記事に掲載されているようです。
これに対して松本氏側は真っ向から否定。
さながら場外乱闘ですね!
松本人志側「A子」特定した 弁護士「提訴も考えていきたい」…「出廷妨害」の文春報道完全否定
私自身が以前担当した大物芸能人相手の交渉の際、最初はいきりたっていた依頼者が、最後の方は憔悴しきって、低額の和解金をもらえればよいので終わらせたい、と言っていたケースがありました。
その芸能人は、「自分は興行ヤクザとつきあいがある。」と私に言っていたので、依頼者本人にも場外でこっそり脅しをかけていたのではないかと疑っております。
それを考えると、今回のことでも何かある可能性はあるかもしれませんね…
今後、本件では、どのような場外戦が繰り広げられるのでしょうか。
「情報提供する」「購読する」「コメントを書き込む」、すべてが週刊誌という巨大マスメディアの歯車の一つであることを認識し、節度ある行動を心掛けたいものです。
【2024.7.12記事内容更新】