スポーツ中の事故|誰が誰に対してどんな賠償責任を負う?保険に入る等の対策は必要?

弁護士業務
櫻井 俊宏

櫻井 俊宏

「弁護士法人アズバーズ」千代田事務所・青梅事務所の代表弁護士。 中央大学の法務実務カウンセルに就任し11年目を迎える。


スポーツにケガは付き物だとしても、すべてのケガが自己責任というわけではありません。事故原因がほかにもあるのであれば、損害の公平な分担を目指すべきです。

本記事では、まず

・スポーツ事故における被害者と加害者
・加害者が負う責任
・債務不履行責任と不法行為責任の違い

について確認します。

そして、

・実際の裁判例
・損害賠償請求の流れ

を解説していきます。

1.被害者と加害者

被害者と加害者

被害者

状況や役割によって、以下の人はスポーツ事故の被害者になる可能性があります。

選手

プロやアマチュアを問わず、スポーツをプレイしている選手が最も一般的です。中でもジュニアアスリートのスポーツ中にケガは、成長期の身体への影響が懸念されます。

審判やコーチ

試合を管理する審判、練習を補助するトレーナーなどが選手の体当たりや飛んできたボールなどによって不意にケガを負うことがあります。

その他

試合中に飛んできたボールや選手の転倒、施設の不備による事故で、観客やイベントスタッフなどがケガをすることがあります。

また公園や広場でのスポーツでは、近くを通りかかった人が事故に巻き込まれることもあります。

加害者

加害者についても状況や役割に応じて様々な人が想定されます。

選手

やはり多いのはプレイする選手でしょう。加害には故意によるものと過失によるものが考えられ、暴力や重大なルール違反が前者、注意不足や技術不足が後者にあたります。

コーチや指導者

不適切な指導が原因で事故が発生することがあります。また、勝利至上主義に囚われた指導者による行き過ぎたトレーニングも加害の一つでしょう。

施設管理者

グラウンドと観客席との間にフェンスや防球ネットが設けられていない球場、ゲレンデ内にあるコンクリート製の照明灯支柱がむき出しになっているスキー場、シャワーからロッカールームまでの床が滑りやすくなっているプール施設など、当該工作物の管理者が加害者になることもあります。

イベント運営者

高校サッカー競技大会において試合開始後に落雷があり生徒が負傷した場合の大会主催者、マラソン走行中に心不全をおこしたランナーへの手当てが遅れた場合の大会主催者など、責任を問われた例があります。

親などの監督責任者

路上でサッカーをしていた小学生が自転車で走行中の人に衝突しケガを負わせた場合には、その子どもの親が責任を負います。

それ以外

たとえば、観客が試合中に投げた物が選手に当たった場合、誹謗中傷にあたる内容の野次を飛ばした場合が考えられます。

2.責任内容|刑事責任と民事責任

責任内容|刑事責任と民事責任

加害者が負う責任には刑事責任と民事責任があります。

刑事責任

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櫻井弁護士

ボクシングの殴打やラグビーのタックルなど、一見暴行罪(刑208条)や傷害罪(刑204条)が成立しそうですが、通常これらの行為は処罰されません。スポーツ中の行為は正当な業務による行為(刑35条)であるとして違法性が阻却(否定)されるからです。

ただし、スポーツ中の行為全てが違法性阻却されるわけではありません。あくまでも具体的な事実関係のもとで社会的に正当なものと評価される行為に限り、違法性阻却されるのです。

【例】

8月の炎天下、都内河川敷において、中学校野球部員が顧問教諭指導に従って午前8時から正午頃までノック練習及び持久走を行ったところ(途中5分の給水休憩のみ)、部員1名を熱中症により死亡させた

顧問教諭に業務上過失致死罪

アメフトの試合中にコーチからの「相手のクォーターバックを潰せ」という指示に従って、無防備な選手の背後から激しいタックルを行い腰椎損傷の傷害を負わせた

皆様もご存じの日本大学のケースです。
タックルをした選手は傷害罪、これを指示したコーチは傷害罪の教唆犯

民事責任

スポーツ事故によるケガは損害賠償の対象にもなります。損害賠償の根拠には、債務不履行責任(民法415条)と不法行為責任の2種類があります。

さらに、不法行為責任には一般不法行為責任(民709条)と特殊不法行為責任(監督者責任714条、使用者責任715条、土地工作物責任717条、共同不法行為719条等)があります。

債務不履行 一般不法行為
内容 契約当事者は相互に損害を与えないように配慮する義務(安全配慮義務)に違反する 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する
発生状況 債権者・債務者間で発生 何らの関係がなくても発生

①両者の関係

交通事故のように契約関係のない相手には不法行為責任、何かしらの契約が介在する相手には債務不履行責任を追及するというのが定式ですが、契約関係にある相手に対してはいずれの請求も可能です。

すなわち、契約相手に対しては債務不履行責任のみ、不法行為責任のみ、又は両方を請求することができます。いずれの責任も被害者救済を目的としており、被害者の便宜に応じた選択を容認するものだからです。

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事務員

では、被害者の「便宜」とは何でしょう?

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櫻井弁護士

ここに言う便宜とは、実際の請求や裁判の場面で生じる差異からくる利益・不利益のことです。そこで両者の違いを確認しましょう。

②比較

2020年の民法改正以前は消滅時効の期間に差がありましたが、改正後、生命身体に関する損害については、いずれも被害者が権利を行使できる時(損害及び加害者を知った時)から5年、行為時から10年となり(166条1項、724条の2)、差はなくなりました。

ただし、立証責任には大きな違いがあり、債務不履行責任を追及する方が被害者にとって有利とも思われます。

しかし、実際の交渉や裁判の場面では、手持ちの証拠や立論の難易度から総合的な判断しなければなりません。そのためには早めに弁護士などの専門家に相談するのが賢明です。

債務不履行 不法行為
立証責任 債務者(加害者)が「自分に故意又は過失がなかったこと」を立証する
⇒立証できなければ債権者勝訴
被害者が、加害者に「故意又は過失」があったことを立証する
⇒立証できなければ被害者敗訴

 

3.裁判事例集

裁判事例集

実際の裁判でどの程度の賠償金が認められているか見ていきましょう。

部活動中の事故

【東京地判令和4年3月2日】

都立高校で開催された都立対抗テニス大会に出場した別の学校の男子生徒が、試合中にボールを追いかけた際、勢いあまってコート後方の校舎のコンクリート壁に激突。前歯2本が抜ける大けがをしました。使用されたコートは「日本体育施設協会」(当時)の規格を満たすものの、規格基準からわずか0.2m先に校舎のコンクリート壁がありました。

判決

都に対し420万円を支払うよう命じました。

ポイント

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櫻井弁護士

テニス部の教員や公式大会の主催者なら衝突は具体的に予見できたと判断、学校にはコートの使用を避けるか、少なくとも壁に防護マットを置くべき注意義務があったと指摘しています。

保護者の監督責任

【東京地判平成29年5月29日】

スキー場ゲレンデ(初級者コース)において、上方(後方)からスキー滑降してきた中学生A(13歳)と接触、転倒した女性が左膝半月板損傷のケガを負いました。Aはスキー未経験者であったため、その母親Bがスキー講習を受講させ、一緒にスキーを行って道具の使用やブレーキの方法などについても教えていた最中での事故でした。

判決

Aについては1000万円余りの支払を命じる一方、Bについては責任なしとして請求を棄却しています。

ポイント

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櫻井弁護士

スキー場では上方から滑降する者が前方を注視し、下方を滑降している者と接触・衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務を負うところ、13歳のAにはこの注意義務違反が認められるが、指導監督義務を尽くしたBには監督者としての責任を否定したものです。

スポーツクラブでの事故

【横浜地判昭和昭和58年8月24日】

テニススクール初心者クラスでの事故です。コーチ指示のもと受講者2名はコーチが送り出したボールを打ち返し、他の受講者はボールを拾ってコーチに届けるという状況の中で、打ち返されたボールがボールを拾っていた他の受講者の右目に当たり右網膜振盪症の傷害を負いました。

判決

使用者であるテニススクールに対して約80万円の支払を命じています。

ポイント

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櫻井弁護士

初心者クラスの受講者は技量が未熟で、打球衝突の危険性についての認識も不十分、防御姿勢(ボールを打つ者に対して背を向ける)をとるという基本的認識がありません。そのような受講者にコーチが危険性の周知や指導を行っておらず、注意義務違反があると判断しています。

用具の不具合による事故

【東京地判平成25年3月25日】

会社役員が通勤用にイタリア製の自転車を使っていたところ、突然フロントフォークが上下に分離したために転倒し、頚椎損傷、頚髄損傷などの大ケガをし、重大な後遺症が残りました。

判決

自転車の輸入業者に対して、製造物責任として約1億4800万円の賠償金支払を命じています。

ポイント

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櫻井弁護士

フロントフォークを接続するスプリングの破断が事故の原因であり、それがいつ、どのようにして破断したのかまで明らかでなくても、自転車の特性、通常予想される使用態様、購入後経過年数の下での本件事故時の使用状況においては、自転車に欠陥があったと言ってよいと判断しています。

4.損害賠償請求の流れ

損害賠償請求の流れ

原因究明

スポーツ事故の原因によって損害賠償請求する相手と法的根拠が変わるため、まずは原因を突き止めます。

話合い~裁判

原因が判明し相手が定まれば、事故概要と被害状況を説明して相応の賠償金を求めていきます。通常は当事者の話合いから始めますが(示談交渉)、裁判所の手続きを利用することもできます(民事調停)。それでも折り合いが付かなければ裁判を起こすことになるでしょう。

スポーツ保険

誰しもが加害者・被害者になり得るスポーツでは、スポーツ保険の加入はルールの1つとして捉えるべきです。

ただし、自動車保険のような示談交渉代行サービスは基本的にありません。保険を利用する場合も、弁護士に予め相談することによってスムーズな解決を目指せます。

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