コンプライアンスは大企業だけではなく、中小同族企業にとっても重要です。しかし中小同族企業による不祥事が後を絶ちません。中小同族企業でコンプライアンスが進まないのは何故でしょうか?
本記事ではまず、
・コンプライアンスの意義
・違反事例
・違反によるリスク
を確認します。
そして、
・中小同族企業でコンプライアンスが進まない背景
・中小同族企業のためのコンプライアンス対策
についても解説します。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
コンプライアンスとは?
「コンプライアンス」を直訳すると「法令遵守」ですが、求められるのは単に「法令に違反しない」という状態だけではありません。
現在はより積極的に、企業が様々なリスクを回避するためにどういうルールを設定していくか、これを十分に運用するためにどのように環境を整備していくかという「仕組み」ないし「しかけ」が必要なのです。
したがって守るべき「法令」とは、法律や条例等の法規範だけでなく、就業規則や業務マニュアルなどの社内規範、企業倫理や社会的規範も含まれます。
リスク管理のためにコンプライアンス体制を構築・維持すれば、組織としての透明性が保たれ、結果的に誠実な企業として信用を集めることになります。
このような連鎖は中小同族企業においても当然あてはまります。
コンプライアンス違反の実例
中小同族企業によるコンプライアンス違反事例を紹介します。
ジャニーズ事務所事件
大手芸能事務所「ジャニーズ事務所」の創設者であるジャニー喜多川による所属タレントへの長年にわたる性加害問題が表面化した事件です。被害者数は800人にも上ります(2023年12月時点)。
【特殊性】
同事務所の株式は1980年から喜多川が亡くなるまで共同経営者である姉と半分ずつ所有、姉が死亡した後はその娘が全株式を所有するという典型的な同族企業です。
同事務所は取締役会設置会社(社外取締役は不設置)であり会社に違法なことが起こっていないかチェックする役職の監査役も置かれていましたが、取締役会はまったく開催されず、監査役の権限は会計監査のみ、業務監査は行われていませんでした。
また内部通報制度(違法なことが起こった際に連絡する独立した通報窓口の制度)もありません。
外部からの介入が期待できない中、共同経営者である姉は喜多川の性加害事実を知っていながら何らの対策も取らずに放置と隠蔽に終始していました。その後全株式を相続した娘についても、事実究明や被害者救済を行うことが可能な状況であったのにそうした対応をとっていません。
また、ジャニーズJr.(メジャーデビュー前のタレント)を採用する際に契約を結んでいなかったため、誰がジャニーズJr.であるかすら把握できず、その後の補償業務の遂行に重大な支障をきたしています。
ビッグモーター不正請求問題
中古車販売大手の同社は、事故車を修理する際にわざと車体に傷をつけたり不要な部品交換をしたりして、複数の損害保険会社に1千件以上の保険金を水増し請求していた問題です。
【特殊性】
同社の株式は全て代表取締役一族の資産会社が所有していました。同社は会社法上の大会社にあたるため(非上場)、取締役会を置いて監査役1人を設置し、会計監査人を選任するという組織形態をとっていました。
しかし実際には取締役会は開催されず、個々の役員の判断で社長に報告、相談するという対応がとられていました。また極端な能力主義がしかれ、長時間残業や突然の降格処分、罰金等が慣行として行われたため、従業員に委縮効果が生じて正常な判断が困難な状態でした。
株主こそが会社における「最高権力者」であり、一族が全株を持っているのでやりたい放題という訳ですね・・・。
一方、内部通報制度の整備もなく、最終的にはマスコミによる報道で炎上する結果となります。
日大アメフト薬物事件
不祥事を起こすのは営利法人だけではありません。
学校法人である日本大学では、アメリカンフットボール部の学生3人が学生寮内で大麻などを隠し持っていた等の疑いにより麻薬取締法違反の罪で逮捕されています。
【特殊性】
日大は前理事長(所得税法違反で有罪)の専制体制の破棄を主眼として学外理事を選任するなど理事会や監事体制の刷新をしています。また詳細な危機管理規定や役員規定があり、法人の管理運営に問題が生じた場合の対応も予め準備されていました。
しかし本事件では、最初に大麻を発見した副学長が刑事訴訟上の立証可能性等を独自に判断して、理事長への報告が遅れた上に十分な情報を提供していません。
また、報告を受けた理事長においても副学長らに具体的な指示を与えず、危機管理総括責任者である常務理事や理事会などに適宜報告もしませんでした。
副学長による不適切な対応もさることながら、理事長の危機管理規程や理事長職務に対する理解不足が指摘されるところです。 コンプライアンスを専門とする学部もあるにも関わらず、このような状況であることは不思議です。
コンプライアンス違反のリスク
コンプライアンス違反は様々なリスクを引き起こします。
・社会的な信用の失墜
・行政処分や罰則
・会社や経営者への刑事罰
・損害賠償、株主代表訴訟
・既存メンバーの離反や人材確保の困難
・上場廃止、倒産
中小同族企業におけるリスク
実際にもジャニーズ事務所事件は解体、各保険会社から損害賠償請求されているビッグモーター社は経営再建へ、日大はアメフト部が廃部の方針の上、国の補助金が3年連続全額不交付という異例の事態に見舞われています。
たとえ違反自体は軽微なものであっても、誤った対応や遅れはSNS等を通じて一気に拡散しかねず、企業は深刻なダメージを受けるおそれがあります。
しかも、中小企業では大企業と比べると経済的基盤が脆弱なためダメージに耐える体力が相対的に低く、被害規模によっては直ちに経営破綻もあり得るのです。
中小同族企業でコンプライアンスが進まない背景
わずかなコンプライアンス違反が企業の命運を左右しかねません。
それでもなお中小同族企業でコンプライアンスが進まない理由は何でしょうか?
所有と経営が未分離
企業オーナー自らが経営にあたれば、トップダウンで意思決定・通達・実行まで完遂してスピーディな業務運営を目指せる一方、リスクをとらず安定志向で推移するという選択も可能です。
つまり、どういった経営方針を採用するかはオーナーの一存で決まるわけです。しかし企業として活動すれば株主や従業員、債権者、消費者、地域社会等の利害関係者(ステークホルダー)が生まれます。
オーナー経営者が彼らの利益に配慮せず企業(=自分)本位に行動すれば、「独善」「暴走」とみられるケースも出てくるでしょう。自分で自分を律するのが難しい、そこで、会社法上は「所有と経営の分離」という言葉があります。
それが確保されにくいことが、中小同族企業にとって最大の問題といえるのです。
コンプライアンス意識が薄い
大企業に比べると中小同族企業のステークホルダーは小規模であるため責任範囲が狭い、また社会的認知度が低いため、何かあってもさほど騒ぎにならないと楽観的に構える傾向があります。
そしてコンプライアンス意識を社内で共有するためには、ルール作りや研修制度、専門部署の立ち上げ等が必要になりますが、中小同族企業にはそれらにかける人員的経済的な余力がないといった現実的な限界もあります。
中小同族企業のコンプライアンス対策
中小同族企業のコンプライアンスのための方策として、どのようなものがあるでしょうか?
他人の目を意識したガバナンス
経営者の独善を防ぐには、やはり「単独判断させない」「経営を監視する」という組織作りが重要です。具体的には社外役員を招聘する、取締役を意思決定役と執行役に分ける、監査役に業務監査を行わせるなどの方法があります。
しかし、第三者に参加させる余裕がない、あるいは他人が入ると自社の強みが損なわれるといった場合は、少なくとも株主総会の開催と議事録の作成は行うべきです。
たとえ一人会社であっても、定期的に重要事項を確認してその内容を記した議事録は債権者等の閲覧に供される(会社法318条4項、5項)ため、公私の区別がつく上におのずと法規に目がいくはずです。
また商業登記するには登記事項に関する議事録を添付する必要があり(商業登記法46条2項)、将来的には相続等で株主が増える可能性もあります。
常日頃から準備しておくべきでしょう。
社内規範の策定と教育
企業として守るべきこと、やってはいけないことをまとめたコンプライアンスマニュアルを策定します。
様式は就業規則や定款のように強い拘束力をもつものから社訓レベルに留める等、企業の性格に応じた設計で構いませんが、重要なのは経営者の独断でなく現場従業員の意見も取り入れることです。
そして研修や社員教育を通じてマニュアルの周知徹底を図り、企業全体に浸透させていくことが求められます。
遵守の基盤となる契約書
中小企業に多いのが口約束による契約です。口約束でも契約は成立しますが、その内容を改めて精査することができないため、独禁法違反や下請法違反、反社チェックミス等のコンプライアンスリスクを見逃すことになります。
また契約書は相手に履行を促す一方で、自らも信用を損なわいよう行動するための指針となります。
小さな契約もおろそかにしない、その姿勢がコンプライアンスの第一歩なんですね。
ヘルプラインの設置
問題の早期発見という観点からは内部通報制度が効果的です。
従業員数300人以下の企業には体制整備が義務付けられていませんが、「社員の関係が近いがゆえに言いにくい」といった中小同族企業ならではの悩みには、外部にある相談口が役に立ちます。 私達の事務所でも、このような会社の外部の内部通報窓口をいくつか担当しております。
外部アドバイザーの活用
コンプライアンスには様々な方策がありますが、いずれも持続しなければ意味がありません。持続するには、共に考え、時には修正しながら違法の芽を摘み取っていく専門家の存在が何より重要です。
中でも弁護士であれば、契約書のチェックから社内規約の立案、従業員の相談対応、取引上のトラブル、事業承継に至るまで幅広くアドバイスすることができます。
ちょっとした不調や悩みを相談できる「かかりつけ医」のような存在として、顧問弁護士契約をしてみてはどうでしょうか。