最近街でよく見かける電動キックボード、軽快な移動手段として気になる存在ですが、すれ違いざまにヒヤッとした経験がある方も多いのではないでしょうか。
9月上旬には歩道を電動キックボードで走行中に歩行者に衝突して骨折させ、その後立ち去ろうとしたとした20代の女性が逮捕されています。
そこで本記事では、電動キックボードのうち、
・免許のいらない特定小型原動機付自転車の車両
・自転車と比較した交通ルール
についてまず解説します。
そして実際に事故に遭った場合、
・過失割合で考慮される要素
・参考として自転車事故の高額賠償事例
についても言及します。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
特定小型原動機付自転車とは?車両の区別
これまで電動キックボードは原動機付自転車として扱われており公道を走行するには免許が必要でしたが、令和5年7月1日から免許不要となる特定小型原動機付自転車という新しい区分が道路交通法上に設けられました。
この新しい区分について確認しましょう。
特定小型原動機付自転車
【大きさ】 | 【構造】 |
長さ 190㎝以下 幅 60㎝以下 |
・原動機として、定格出力が0.60kw以下の電動機を用いる
・20㎞/hを超えて加速することができない構造である ・走行中に最高速度の設定を変更することができない ・オートマチック・トランスミッション(AT)である ・最高速度表示灯(灯火が緑色で、点灯又は点滅するもの)が備えられている |
【経過措置】
令和5年7月1日よりも前に製作されたものについては、令和6年12月22日まで最高速度表示灯の取付けが猶予されており、代わりに型式認定番号標、性能等確認済シール、ナンバープレートのいずれかを表示している必要があります。
これらの基準を満たさないものは、形状が電動キックボードであっても、特定小型原動機付自転車にはならず、引き続きその車両区分(一般原動機付自転車又は自動車)に応じた交通ルールが適用されます。
特例特定小型原動機付自転車
特定小型原動機付自転車のうち次の要件を満たすものは、特例特定小型原動機付自転車として、歩道の走行も可能となります。
・歩道などを通行する間、最高速度表示灯を点滅させている
・最高速度表示灯を点滅させている間は、車体の構造上、6㎞/hを超える速度を出すことができないものである
・側車を付けていない
・ブレーキが走行中容易に操作できる位置にある
・鋭い突出部がない
電動キックボードは免許不要?交通ルールについて
免許のいらない電動キックボード、その交通ルールを自転車と比べてみましょう。
電動キックボード | 自転車 | |
区分 | 特定小型原動機付自転車 | 軽車両 |
制限速度 | ② 20㎞/h ②6㎞/h(特例の場合) |
・道路標識で指定された最高速度
・指定がない場所では速度制限なし |
走行 場所 |
① 20㎞/hの場合 車道、普通自転車専用通行帯、自転車道、走行可能の標識のある一方通行路 ② 6㎞/hの場合 路側帯、歩道(普通自転車通行指定部分に限る) |
車道、普通自転車専用通行帯、自転車道、走行可能の標識のある一方通行路、路側帯、歩道(普通自転車通行指定部分に限る)
|
年齢 | 16歳以上 | 制限なし |
右折 方法 |
二段階右折 | 二段階右折 |
ヘルメット | 努力義務 | 努力義務 |
バックミラー | 不要 | 不要 |
尾灯、 制動灯、 ウインカー |
必要 | 不要 |
ナンバー 登録 |
必要 | 不要 |
交通反則 通告制度 (青切符) |
適用あり |
適用なし(今後改正予定)
|
自賠責 保険 |
加入必要 |
任意
但し、32都府県(令和5年4月時点)において条例により加入が義務化 |
罰則
(一部) |
・16歳未満の者の運転 ・携帯電話使用等違反 6ヶ月以下の懲役または10万円以下の罰金 |
・携帯電話使用等違反
3か月以下の懲役又は5万円以下の罰金 |
・酒酔い運転 5年以下の懲役又は100万円以下の罰金 ・通行区分違反 3か月以下の懲役又は5万円以下の罰金 等 |
自転車にも青切符
一方、自転車についても新しい法改正の動きがあります。
交通事故の件数が減少しているのに対して自転車が関連する交通事故は増加傾向にあり、そのうちの7割が自転車側の交通違反によるものです。
現在、自転車の取締りは刑事罰の対象となる交通切符(「赤切符」)の交付が行われているものの、実際に罰則が適用されるケースは少なく、責任の追及が不十分という指摘がかねてよりありました。
そこで、令和6年を目途に自転車の交通違反にも反則金を科す準備が進められています(警察庁発表)。「青切符」が導入されると、違反者は期限内に反則金を納付しなければならず、納付しないと刑事罰の対象として扱われることになります。
なお自転車には運転免許がないため、違反点数は設けられないものとみられます。
【過失割合】電動キックボードに近いのは原チャリ?自転車?
新しい電動キックボードは法施行されてから日が浅く、実際の事故が起こった場合の過失割合に関する算定基準がまだありません。今後の裁判例の蓄積を待つことになりますが、現時点での考察は次の通りです。
自転車に準じた過失割合
上記表でみると、「特定小型原動機付自転車」に区分された電動キックボードは、全く同じではありませんが、自転車に近い取り扱いであることがわかります。
つまり原付バイクよりも弱い立場であると考えられ、従来型の免許が必要な電動キックボードと比べると過失割合も低くなることが予想されます。
過失割合で考慮される要素
実際に事故に遭った場合、損害賠償額を加減する要素として考えられるものには以下の事項があります。
○事故の相手
相手が四輪車やバイクの場合には、電動キックボードでは事故を避ける能力が比較的低くなるため、過失割合が下がります。
逆に相手が歩行者の場合は、歩行者が弱い立場となって電動キックボード側が加害者となる確率が高く、過失割合が上がります。とくに相手が幼児や高齢者といった交通弱者の場合は、電動キックボード側の過失割合が高くなります。
○事故の場所
交差点や横断歩道付近では、信号機はもちろん、道路による優先関係や徐行義務、一旦停止等、細かな交通ルールがあります。これらのルールに違反した場合は過失割合が上がることになります。
また相手が歩行者の場合、横断歩道上では歩行者が絶対的な保護を受け、歩行者の信号無視といった事情がない限り、歩行者の過失割合は0近くになります。さらに幹線道路か住宅地かといった区別も重要で、幹線道路であれば電動キックボード側の過失割合が下がり、住宅地や商業地では歩行者の過失割合が下がります。
○事故の時間帯
四輪車やバイクが相手の場合、夜間だと電動キックボード側からは四輪車等のヘッドライトで相手の発見が容易となるため過失割合は上がるのに対して、四輪車等からは電動キックボードを発見しづらく、四輪車等側の過失割合は下がります。
○事故の原因
事故原因が片手運転や並走、無灯火といった危険な運転、制動装置不良といった場合は電動キックボード側の過失に加算されます。
一方、相手の交通ルール違反や他の交通参加者の急な車線変更や交通妨害を起因として事故が発生した場合には、電動キックボード側の過失割合は下がることになります。
自転車事故の高額賠償事例
では実際の損害賠償金額はどれくらいになるのでしょうか。
電動キックボードによる交通事故は、これまでに100件を超え、死亡事故も令和4年に1件あるようですが、電動キックボードに関する裁判例までは蓄積がないため、ここでは自転車による人損事故を中心に高額賠償となった裁判例を見てみましょう。
事例①【平成25年7月4日 神戸地方裁判所】
夜間、男子小学生(11歳)が帰宅途中に自転車で走行中(20~30㎞/h)、歩道と車道の区別のない道路において歩行中の女性(62歳)と正面衝突。女性は頭蓋骨骨折等の傷害を負い、意識が戻らない状態となった(後遺障害)。
過失割合:男子小学生100、女性0
判決認容額: 9,521万円
事例②【平成20年6月5日 東京地方裁判所】
昼間、男子高校生が交通の頻繁な幹線道路を安全確認しないまま、自転車横断帯によらず、車道の通行方向に対して斜めに横断しようとしたところ(15~20㎞/h)、対向車線を自転車で直進してきた男性会社員(24歳)と衝突。男性会社員に言語機能の喪失等の障害)が残った(後遺障害)。
過失割合:男子高校生50、会社員50
判決認容額:9,266万円
事例③【平成15年9月30日 東京地方裁判所】
午後5時頃、男性がペットボトルを片手に(=片手運転)下り坂をスピードを落とさず走行し交差点に進入したところ、横断歩道を横断中の女性(38歳)と衝突。女性は脳挫傷等で3日後に死亡。
過失割合:男性100、女性0
判決認容額:6,779万円
事例④【平成19年4月11日 東京地方裁判所】
昼間、男性が赤信号を無視して30~40㎞/hという高速度で交差点を直進、横断歩道上を青信号に従い横断歩行中の女性(55歳)に衝突。女性は頭蓋内損傷等により11日後に死亡。
過失割合:判断せず
判決認容額:5,438万円
示談交渉の重要性
このように自転車であっても、損害の内容によっては賠償金が高額にのぼります。自転車並みとされる特定小型原動機自転車についても同等の賠償金額は十分あり得るでしょう。
なお、特定小型原動機自転車は自賠責加入が必須となっているため、示談交渉で決まった賠償金額の一部を自賠責保険、それを超える分については任意保険でまかなうのが通常です。かりに加害者が任意保険に入っていなければ、自賠責保険の制限額を超える金額については加害者自身が支払わなければなりません。
いずれにしても示談交渉では過失割合が大きな争点となります。
電動キックボードは自転車と似て非なる乗り物であり、とくに事故に関する裁判例の蓄積がない現時点では弁護士を入れて慎重に交渉にあたるべきでしょう。
電動キックボードと自動車保険
電動キックボードを利用する場合、自賠責保険に入らなくてはならないのでしょうか?
自賠責保険とは、正式名称を自動車賠償責任保険といい、人身事故が起こった際に、120万円までの賠償について、公的に支給される低額かつ強制的に入る保険をいいます。
そして、電動キックボードを利用する場合でも、自転車(軽車両)と違い、自賠責保険に入らなくてはなりません。
【参考】国土交通省のページ「自賠責に入らないと電動キックボードには乗れません」
では、電動キックボードに任意保険はあるのでしょうか?
もちろん、通常の自動車保険に入っている場合は、その保険を適用することはできるでしょう。
これに対し、電動キックボード専用の任意保険は、今のところ、三井住友海上火災保険株式会社のみ売り出しているようです。年間5万円程度と、一般の自動車保険ほどは高くないので、電動キックボードのみ乗る人は、この保険の方がよさそうです。
まとめ
自転車は便利な乗り物として私たちの生活に入り込んでおり、ここに新たに電動キックボードが加わります。いずれも道路交通法上の「車両」にあたり、時として人や物を傷つける危険があることを忘れてはいけません。
一人一人が交通ルールをしっかり守り、事故のない社会を目指したいものです。