夫婦が離婚を決意しても、子どもの親権者を父母のどちらか一方に定めなければ離婚届は役所に受理されません。そこで、どちらが親権者になるかをめぐって激しく対立することがあり、対立の末、あるいは対立を避けるため、親権と監護権を分けることがあります。
本記事では監護権と親権の関係を確認した上で、両者を分属(夫婦の一方に監護権を、もう一方に親権を帰属)させる背景や分属させた場合のメリットデメリットについて解説します。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 監護権と親権
「離婚時に親権を争う」というのはよく聞きますが、「監護権を争う」というのはあまり聞きません。どう違うのですか?
確かに監護権は耳なじみがないですよね。そこでまず、親権と監護権の関係とその内容について確認しましょう。
⑴ 監護権と親権の関係
親権とは、未成年の子の親がもつ、その子の身分上や財産上の権利及び義務の総称をいい、婚姻期間中であれば父母の両方にあります。親権は身上監護権、財産管理権から成ります。
身上監護権とは、子を監護・教育する権利・義務(民法820条)のことで、居住指定権、懲戒権、職業許可権を含みます。一般に「監護権」と呼ばれているのは、この身上監護権のことです。
財産管理権とは、子の財産を管理し、財産に関する法律行為について子を代表する権利・義務(民法824条)のことです。
⑵ 親権の行方
離婚時に監護権を含む親権をどちらがもつかについて夫婦が話し合って決めますが、話し合いで結論が出ない場合には、裁判所に判断を委ねることになります。
裁判所は「子の利益」、つまり、子どもにとってどちらの親元で育てられた方が良いかを、父母の事情や子の状態を熟慮して決めます。
令和2年度に行われた「子の親権者の定め」に関する調停及び審判事件では、約94%の子について母が親権を獲得しています。よく耳にする親権について母親を優先させるという「母性優先」ですが、乳幼児の子に関する原則であり、そこにいう「母性」も生物学的な母親に限定されるわけではなく、母性的な役割を持つ者というのが現在の理解です。したがって、決して裁判所が母側に肩入れしているわけではありません。
しかし、実際には母が子どもの養育に強い関心を持ちながら身の回りの世話を行い、また仕事もしているというのが「母圧勝」の背景にあるようです。
2 監護権と親権の分属
監護権は親権の一部である以上、親権者が子どもを監護するのが原則です。母が親権を得れば子どもと共に生活するのは母であり、父が子どもと関わることができるのは面会交流や養育費の支払いくらいです。
ただし、父母の話し合いや裁判所の判断で、親権と監護権を分けて帰属させることができます(民法766条)。一見、合理的とも思えるこの分属、その理由や実態について解説します。
⑴ 分属させる理由
分属が行われるのは、おもに次の3つケースです。
① 共同親権を目指す
離婚後も父母双方が子どもの養育に積極的に関与していくという共同親権的な理念を目指す場合です。父母が話し合いによって分属を決めます。
② 双方が親権獲得に固執している
親権争いでどちらも譲らない場合に、円満かつ早期に解決させる方法として行われることがあります。話し合いで結論が出ない場合は調停・審判へと進んでいくことになりますが、審判決定まで数年を要することも珍しくありません。そこで、分属を内容とする和解によって、ひとまず事態の収拾をはかるものです。
③ 一方の適性に問題がある
「子どもの身の回りの世話をするのに問題はないが、浪費癖があり子どもの財産管理を任せられない」というように、一方に親権者としての適性に問題がある場合に分属させるものです。話し合いによることもありますが、裁判所が判断することもあります。
⑵ 「監護権のない親権者」と「親権のない監護権者」
分属させた結果、監護権をもつ親と親権をもつ親が存在することになります。「どっちが強い?」と優劣を付けたくなりますが、実際にはそれほど単純ではありません。それぞれがもつ権利を一覧にします。
監護権者 | 親権者 | |
監護教育権 | 〇 | × |
居住指定権 | 〇 | × |
懲戒権 | 〇 | × |
職業許可権 | 〇 | × |
財産管理権 | × | 〇 |
財産に関する法律行為の代理権 | × | 〇 |
身分行為の代理権 | × | 〇 |
監護権者に対する助言指導 | × | 〇 |
① 監護権のない親権者
財産を管理し、対外的な法定代理人としての親権者の存在は、子どもにとってやはり重要です。
しかし、監護教育権や居住指定権がなければ、子どもと一緒に暮らし成長を見守るという子育ての肝心な部分を欠くことになります。
また、親権者といっても当然に面会交流が保証されているわけではなく、実施の有無やその頻度は監護権者との話し合いによります。児童扶養手当も児童と同居している者に支給され、「親権者」ではありません。
なるほど、監護権がない親権者はできることがかなり制限されるのですね。
② 親権のない監護権者
監護権には居住指定権が含まれており、「離婚後も子どもを手元に置きたい」と考える場合は監護権を選択しなければなりません。
ただし、親権を持たないことの不都合もあります。
まず、財産管理権がないため、たとえば子どもが祖父母から遺贈を受けた場合にその財産について干渉できないことになります。とくに監護権者側の祖父母からの遺贈だと、管理するのは別れた配偶者ということになり、監護権者としては心中穏やかなものではないでしょう。この他、携帯電話を契約する、大学進学などで家を出てアパートを借りる等の場合も親権者の同意が必要です。
また、監護権者が再婚する場合、子どもが新しい配偶者と養子縁組をするには、親権者(元配偶者)が代理して承諾することが必要になります。
すんなりと応じてくれれば問題ありませんが、これまでの感情のもつれが顕在化して承諾が得られないとなると、新しい家族の組成が阻害されてしまいます。姓や戸籍の変更手続きも親権者に任せなければなりません。
さらに、身体に対する侵襲の大きい検査や手術を受けるような場合にも、親権者の同意が必要です。すぐに同意を得られない場合や監護権者と意見が対立する場合には適切な対応ができないおそれがあります。
こちらも、子どもの重要な局面で様々な制約があるのです。
⑶ 子どもへの影響
監護権者と親権者の優劣よりも、優先されるべきは子の利益です。分属によって子どもにはどのような影響があるのでしょうか?
① メリット
両親が離婚しても、一方が監護権者、他方が親権者になれば、いずれの親とも繋がることができ、子どもは安心感を得ることができます。
また、親権者が決まらないと離婚ができず、その間、子どもは両親の不和を目の当たりにします。分属によって離婚の話し合いがスムーズに済むのであれば、子の精神的苦痛をいくらか軽減できるかもしれません。
② デメリット
やはり本来は親権一本であったものが、分離させることによって生じる煩雑さは否定できません。その不都合や不便を直接感じるのは、他でもない子どもです。
とくに夫婦間の対立を回避する策として分属させた場合、元夫婦の確執が離婚後も残ってしまい、事あるごとに確執が表面化すれば子どもを巻き込むことになります。社会生活上の不便だけではなく、精神的苦痛や不安感を断続的に子どもに強いるおそれがあるのです。
3 分属させる場合の注意点
最後に監護権と親権を分属させる場合の注意点について述べます。
⑴ 「監護権のない親権」「親権のない監護権」を正確に理解する
両者の最も大きな違いは子どもを引き取れるかどうかです。まずはそこを正確に理解し、それ以外のできること・できないことを分属に関する判例や先例に詳しい弁護士等に確認するのがよいでしょう。
⑵ 離婚協議書・和解調書に記載する
分属に合意した場合は、その内訳をできるだけ詳しく書面に記載しましょう。双方の解釈の食い違いが、分属を行う上での最大のリスクです。
そして、双方が合意した文書に監護権者の氏名を記載することが何より重要です。離婚届や戸籍には監護権者名は記載されず、公的に監護権を証明するものがないのが現状です。
そこで協議書等を作成して証拠化しましょう。各自が監護権者又は親権者としての責任を自覚し、協力し合うことが、分属を成功させるカギになります。
4 まとめ
監護権と親権の分属は実生活上不便となることが多く、望ましくないとする意見もあります。しかし、どのようなかたちが子どもにとって最良かは家庭によって異なります。
分属について疑問やお悩みのある方は、お気軽に当事務所弁護士法人アズバーズまでお問い合わせください。
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