少子化が進む現在、子どものいない夫婦はめずらしくありません。子どもがいない夫婦にとって、自身が亡くなった後の配偶者の心配をするのはもっともなことです。
しかし、思いやりだけでは配偶者を守ることができないのが相続です。
本記事では、まず誰が相続人になるのかをその割合も含めて確認します。そして子どもがいないが故に陥りやすい相続トラブルの数々、さらにそれらを回避する方法についても紹介していきます。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 相続が開始すると遺産は共同相続人の共有財産
子どもがいない夫婦の場合、一方が亡くなると自動的に他方が遺産を引き継ぐイメージがありますが、これは正確ではありません。特別な手立てなく自動的に引き継ぐのは、自分も配偶者も一人っ子であり、かつ双方の両親及び祖父母らも既に他界しているという場合に限られます。
2 子どもがいない場合の相続人とその相続分
人が亡くなると相続が発生し、亡くなった人(以下、被相続人といいます)の権利や義務が相続人に承継されます。
遺言があれば、誰が、どの財産を、どのように承継するかはその内容に従うことになります。遺言がなければ、法が定めた相続人(法定相続人)が法の定めた割合(法定相続分)に従って承継します。
子どもがいない夫婦の場合、一方が亡くなると、被相続人の親や祖父母が存命中であれば「配偶者と親(祖父母)」、親等が既に他界しているが兄弟姉妹がいる場合には「配偶者と兄弟姉妹」が、その兄弟姉妹が亡くなっていればその子、つまり「配偶者と甥姪」という組み合わせになります。
法定相続分は、以下の通りになります。
配偶者と親(祖父母) | 2/3対1/3 |
配偶者と兄弟姉妹(甥姪) | 3/4対1/4 |
両親や兄弟姉妹、甥姪が複数いる場合は法定相続分をさらに人数分で割ります。
3 子どもがいない相続にありがちなトラブル
子どもがいない夫婦であるが故の相続トラブルは数多くあります。
ここでは典型例を紹介します。
⑴ 相続人が高齢、多人数であるおそれ
⑵ 遺言が無効になるおそれ
⑶ 遺留分を侵害するおそれ
⑷ 配偶者が自宅を手放さなくてなはならなくなるおそれ
⑸ 自分の財産が最終的には義理の親や兄弟姉妹にわたってしまう
⑴ 相続人が高齢、多人数であるおそれ
遺言がない場合に相続が開始されると遺産は法定相続人の共有財産となり、預金の引き出しですら全員の同意がなければ原則としてできません。そこで、遺産をどう分けるかを皆で話し合って決める遺産分割協議が必要となります。
しかし、この遺産分割協議が厄介なのです。
① 相続人が高齢
被相続人が高齢で亡くなった場合、その親はもちろん、配偶者や兄弟も高齢であることが予想されます。中には認知機能に問題があり、単独では意思表示できない相続人が含まれている可能性があります。仮にその人を無視して成立させた遺産分割協議は無効となるため、当該相続人のために成年後見人を選任の上、その成年後見人と協議を進めなければなりません。成年後見の開始は申立てから2~3か月かかり、その間すべての相続手続きがストップしてしまうのです。
そこまでではないにしても、認識・対応能力に難があるケースも多く、また、昔の家族では当事者である兄弟姉妹が多いケースもあるので、協議が遅々として進まないことがあります。
② 増え続ける相続人
義親及び義兄弟が既に他界しており義兄弟の子(甥や姪)が相続人となる場合は多人数にのぼるおそれがあります。一人でも欠いた場合には協議は無効、全員が揃ったとしても、人数が増えた分、話し合いはまとまりにくくなっていきます。
⑵ 遺言が無効になるおそれ
そこで遺産分割協議の前提となる法定相続人の共有状態を回避するには、あらかじめ遺言を準備しておくことが何より重要です。
しかし、配偶者のためを思って作成した遺言書が無効となるケースがあります。
① 共同遺言
夫婦間でよくあるのは共同遺言です。一通の書面に夫と妻の双方がそれぞれ遺言を記載し、連名で署名押印してしまうケースです。共同遺言は民法975条で無効であると規定されており、各遺言に書き損じ等の問題がなくても、遺言全体が無効となります。
② 亡くなる順序に配慮しない遺言
故人は相続人になることはできず、既に亡くなった人を相手とする遺言は無効です。
たとえば夫婦が相互に自身の財産を相手に相続させるとの遺言書を作成したとしましょう。先に妻が亡くなった場合には夫の遺言は無効になります。「妻がいないのでお世話になったその妹…」という流れにはならず、夫の財産は妻からの相続分も含めて夫側の親族に相続されます。
⑶ 遺留分を侵害するおそれ
配偶者を心配すれば相手に「全財産を相続させる」旨の遺言に考えが至るでしょう。しかしこのような遺言は、遺留分侵害のおそれがあります。
遺留分とは一定の法定相続人に認められた最低限の遺産の取り分です。
兄弟姉妹には遺留分はありませんが、親には認められており、相続財産の1/6(両親であれば1/12ずつ)が遺留分として保障されています。
親の遺留分 | 相続財産の1/6(両親であれば1/12ずつ) |
遺留分を侵害された相続人には遺留分侵害額請求権が認められています。必ず同請求権が行使されるとは限りませんが、請求されれば配偶者は金銭の支払いを余儀なくされます。
⑷ 配偶者が自宅を手放さなくてなはならなくなるおそれ
相続財産の大半が夫婦の居住用不動産である場合に多く見られるトラブルです。
たとえば夫が所有する2000万円の不動産に夫婦が居住しており、他に夫名義の預金が1000万円あるとしましょう。夫が亡くなり、夫の母親が存命中であるため法定相続分に従って妻と分けることにします(妻2250万円、母750万円)。妻が自宅に住み続けるのであれば預金からは250万円しか取得できず、これでは生活の不安が拭えません。場合によっては自宅を売却することもあり得るでしょう。
⑸ 自分の財産が最終的には義理の親や兄弟姉妹にわたってしまう
たとえば夫側の先祖代々の不動産を引き継いでその収益で生計を立てている夫婦がいるとします。夫は妻のために全財産を相続させる遺言をして亡くなり、遺言に従って妻は不動産収益で生計を維持することができました。
しかし問題は、妻も亡くなった後です。
夫の妻に対する遺言だけでは相続財産を夫側の親族に戻すことはできません。上の例であれば、妻が亡くなった後は夫の先祖代々の不動産が夫とは血縁のない妻の親族に承継させていくことになります。
4 トラブル回避の方法
子供のいない夫婦に多い相続トラブルの例をいくつか挙げましたが、これらを回避する方法があります。
⑴ 遺言書の作成
⑵ 生前贈与
⑶ 生命保険
⑷ 家族信託
⑴ 遺言書の作成
相続トラブルが最も多い場面が遺産分割協議です。協議が必要になるのは相続財産が共同相続人の共有(準共有)となるからです。そこで、相続開始と同時に個々の財産が特定の相続人に承継されるよう遺言書を作成しましょう。
① 公正証書遺言
遺言書はご自身でも作成はできますが、費用がかかるものの、公正証書遺言がお勧めです。公証人という専門家が作成に立ち会うため、共同遺言等、無効になることがほとんどありません。
また遺言書は公証役場で保管されるので紛失や改ざんの心配もありません。
② 遺言執行者
遺言書作成の際にはぜひ遺言執行者を選任しましょう。
遺言執行者は遺言内容を実現する手続きを行う人です。具体的には、不動産を相続人のものにするため登記を行ったり、銀行預金を解約して相続人に金員を渡したりします。これらの手続は、被相続人と相続人の戸籍謄本や、他に相続人がいないことを示す戸籍謄本など、大量の資料を集めなくてはならないので、特に仕事がある人などは、自分でやるのは大変です。
夫婦の場合、一方が亡くなった時には他方も高齢である可能性が高く、認知症や身体の不自由のために相続手続きを進めることが困難であることも予想されます。また、子どもがいないと義理の親族とは疎遠であることも珍しくなく、直接の連絡や法的手続きをとるのに気が進まないこともあります。そのような場合には弁護士等の専門家を遺言執行者に選任するとよいでしょう。
③ 予備的遺言
夫婦のうちどちらが先に亡くなるかはわからないものです。上記3⑵②のような場合でいずれ妻側の親族に相続させたいのであれば「全財産を妻に相続させる。自身より先に妻が亡くなった場合には〇〇に相続させる」といった予備的遺言にします。
④ 配偶者居住権
自宅の不動産所有権と居住権を分けて、「配偶者には居住権だけを相続させる」旨の遺言をすることができます。
不動所有権は一般に評価額が高くなることから、所有権よりも廉価に見積もられる居住権のみを取得させれば、配偶者の居住の安定と金員の確保が可能になります。
たとえば3⑷の場合、亡夫の不動産の居住権が1300万円と評価された場合、妻は居住権のほか預金のうち950万円を取得することができ、当面は安心できそうです。
義母は配偶者居住権の負担のついた不動産の所有権と預金の残り50万円を取得します。
⑵ 生前贈与
確実に配偶者に居住不動産を取得させたい場合には生前贈与という方法があります。ただし「あげた、あげてない」という争い防止のために夫婦間でも契約書は必ず作成し、所有権移転登記も済ませておきましょう。
⑶ 生命保険
生命保険金は受取人の固有財産であり原則として相続の対象にはなりません。配偶者の生活費や遺留分侵害額請求時の精算金として準備しておくのも一法です。
⑷ 家族信託
「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」を活用すれば、自分が亡くなった後の相続に加え、その次の相続についても指定することができ、「配偶者へ、その後血縁のある自分の甥」という相続も可能になります。
5 まとめ
夫婦間の相続について解説してきましたが、実際には税法上の特例等もあり、素人判断では難しい問題もあります。詳しくは当事務所にお問い合わせ下さい。