厚生労働省公表の「平成28年度全国ひとり親世帯等調査」によりますと、離婚を原因とするひとり親世帯のうち、相手親から「養育費を受けたことがない」母子世帯は56%、父子世帯では86%にも上ります。また、養育費の取り決め状況については「取り決めをしていない」母子世帯が54.2%、父子世帯では74.4%でした。

相手が音信不通である場合、養育費を受け取るにも、そして取り決めをするにも困難が予想されます。
本記事では、音信不通の相手を探し出して養育費を回収するまでの方法について解説していきます。

養育費の強制執行の要件
・元夫の住所の調査
・差し押さえる財産を探す方法

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櫻井弁護士

学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。

1 養育費の強制執行の要件

養育費とは、子どもの監護や教育のために必要な費用のことです。衣食住にかかる経費や教育費、医療費などがこれに当たります。
つまり子どものためのお金であり、親である以上、監護権の有無に関係なく負担しなければなりません。

相手が養育費を任意に支払うなら問題ありませんが、支払わない場合には内容証明郵便による請求や裁判所を介した支払督促、支払命令を利用します。
それでも支払いがない場合には強制執行手続を用いて回収するしかありません。

強制執行を行うには以下の①債務名義があること②相手の住所がわかること③相手の財産が明らかになっていることという、3つの要件が必要です。

債務名義

債務名義とは、強制執行によって実現しようとする請求権の存在と内容を示した、例えば「裁判所の判決」のような公的な文書のことです。より詳しくは後述します。
公権力が強制的に権利を実現させるのが強制執行であるため、その根拠となる確かな文書が必要です。

相手の住所

強制執行を申し立てるには債務名義の正本又は謄本を相手に送達する必要があります。

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櫻井弁護士

正本とか謄本というというのは、簡単に言うと、コピーでない、正式に公権力により作成されたものということです。

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事務員

相手に当該債務名義に基づいて強制執行が行われることを知らせて、反論の機会を与えるためですね。


したがって、相手の住所がわからなければ強制執行はできないことになります。

相手の財産

強制執行を申し立てるには相手のどの財産を差し押さえたいのかを特定しなければなりません
典型的には、預金口座や、給与債権です。
その前提として、たとえば差し押さえようとする口座に差し押さえられるだけのお金があるか等の調査も必要になります。当然のことですが、ないものを差し押さえることはできないのです。

各要件について詳しく解説していきます。

2 強制執行を行うための債務名義

債務名義とは具体的にどのような文書をいうのでしょうか?種類とその取得の仕方について説明します。

⑴ 種類

債務名義にあたる文書は民事執行法22条が列挙していますが、養育費回収における債務名義には、おもに以下のものがあります。

・強制執行認諾文言付き公正証書(※執行認諾文言についてはこちら
・確定判決
・調停証書
・審判書 等

⑵ 養育費の取り決めがない場合

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櫻井弁護士

離婚後であっても、元夫婦で話し合って養育費の内容を確定させなければなりません。同時に強制執行の布石とするため調停の申し立てを検討するのが通常です。

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事務員

けど、相手が行方不明で連絡がとれない場合にはそもそも調停ができませんよね?

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櫻井弁護士

そうです。そこで、家庭裁判所に養育費請求の審判申し立てを行うことになります。

養育費請求の審判を申し立てると申立書の写しが相手に送付されます。
しかし、住所が不明だと送付されず、手続き開始を知らせることができません。
このような場合には、裁判所の掲示板に一定期間掲示後相手に届いたものとみなすことができる「公示送達」手続きの利用ができます。

※注意※
なお、この手続きを利用するには、後述する方法で相手の現住所を調べ尽くすことが条件です。

公示送達を利用すればその後は審判が進行し、最終的には家庭裁判所が後見的に養育費の金額等を定めることになります。その内容を記載した審判書が債務名義となります。

⑶ 債務名義はないが私的な合意文書がある場合

調停や審判、あるいは公証役場においてではなく、離婚時に夫婦間で養育費について合意書を取り交わすこともあるでしょう。
このような私的な文書はそれ自体では債務名義にはなりません。

そこで債務名義化するために、民事訴訟又は審判のいずれかを検討します。

まず、合意内容が養育費の相場を上回る場合には民事訴訟を検討します。
合意書等の証拠調べ手続きを経て、夫婦間の合意契約に基づく請求権を認める旨の判決を得ることができれば、これが債務名義となります。

逆に、合意内容が相場を下回っており納得がいかないという場合には審判の申し立てを選択します。家庭裁判所が後見的見地から合理的な金額を算出してくれるからです。
これを内容とする審判書が債務名義です。

3 相手の住所の調査

上記のとおり相手の現住所が不明でも公示送達を利用することで債務名義を取得することは可能です。しかし、そこまでです。強制執行を申し立てるには債務名義の正本と共に相手への送達証明書の提出が必要であり、これを欠く場合には受理されません。したがって何としても相手の現住所を探し出さなければなりません。

そこで、次に相手の現住所の探し方について説明します。

⑴ 戸籍の附票

① 相手の戸籍が婚姻当事のままの場合

その人の戸籍情報と住民票情報を紐付けするのが「戸籍の附票」です。附票には住所の履歴が記録されているため、婚姻時の戸籍のままであれば、たとえ引っ越しを繰り返していたり再婚していたりしても現住所の確認ができるのです。

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櫻井弁護士

元配偶者の戸籍は自分の過去の戸籍でもあるので、自分本人の戸籍として取得することができます。

② 相手が転籍した場合

中には戸籍附票を元配偶者に取得されないように等の理由で本籍地を他へ移す人もいます(転籍)。転籍をすると、転籍前の戸籍は「除籍」と呼ばれ、転籍に関する情報が記載され保管されます。同時に、新本籍地では新しい戸籍が作られ、転籍前の本籍地が記載されます。つまり、何度転籍しても新しい戸籍を追っていけるのです。

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櫻井弁護士

転籍後の新しい戸籍情報は元配偶者にとっては自分の戸籍ではないので、本人としては取得することはできません。しかし、子どもが元配偶者の戸籍に記載されておれば、その子どもの代理人として取得することができます。

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事務員

子どもが自分の戸籍に入っている場合は第三者による取得となって「正当な理由」が必要ですが、養育費の請求は正当な理由になり得るので大丈夫ですね!

③ 附票調査による限界

ただし、住民票の住所と実際に住んでいる場所が異なる場合には、戸籍情報からは追跡できません。

もっとも、仕事をして社会生活を送っている人であれば住民登録をしないことは現実には難しいはずです。とくに2020年には新型コロナウイルス感染症の緊急経済対策として特別定額給付金が住民基本台帳に従って支給されました。

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事務員

受け取るには住民登録が必要であったため、探し出すには今が好機かもしれません。

⑵ 弁護士照会制度

相手の携帯電話番号がわかる場合には、当該電話番号を管理する事業者に弁護士法23条の2に基づく照会(弁護士会から問い合わせをしてもらう方法)をかけて現住所を確認することができる場合があります。

また、元配偶者が外国人である場合には戸籍がないため、戸籍情報を用いた探索ができません。そこで、やはり23条照会を利用して、入国管理局に相手の出入国履歴や日本国内にいる場合には最新の住所地を問い合わせることが可能です。

4 相手の財産調査【財産開示手続等の改正法】

強制執行を行うためには、差し押える財産に関する情報が不可欠です。不動産なら所在地、預貯金なら銀行名と支店名、給料なら勤務先というように、財産の内容や所在がわからなければ差し押えようがありません。
以前はこれらの情報を自分でかき集める必要があり、相手が転職や口座変更を繰り返す場合にはお手上げ状態でした。

しかし、2020年の民事執行法の改正によって債権回収の実効性が高められることになったのです。ポイントは次の2つです。

⑴ 第三者からの情報取得手続き

養育費について取り決めた公正証書や調停調書、判決書等があれば、裁判所から市区町村・年金事務所に照会して得た源泉徴収・厚生年金納付の情報をもとに、元配偶者の勤務先を特定することができます。

また、裁判所が金融機関に情報提供命令を出すことで、本店から元配偶者の預貯金の有無や口座の支店名、預貯金の残高等についての回答を得ることができます。複数の金融機関においても同様です。

⑵ 財産開示手続きにおける罰則の強化

以前は無視されてもペナルティがほとんどなかった財産開示手続(相手方を裁判所が呼び出して財産について問いただす手続)が強化されました。

財産開示手続とは、債権を返済してもらえない者が、裁判所に申し立てをして、裁判所が債務者を呼び、債務者の財産状況を開示させる制度です。
強制執行がうまくいかなった場合に申立てることができます。
事前に債務者に「財産一覧表」を出させて、それをもとに、裁判所と債権者が、財産についての疑問点等を債務者に聞き、債務者に答えさせます。

この財産開示手続は、債務者が裁判所に出頭しなかったり、虚偽の報告をしたりする場合でも、わずか30万円以下の過料が課されのみでした。しかもこの過料の制裁も実際に課せられることはほとんどありませんでした。
言ってみれば財産開示はほとんど実効性のない制度でした。
実際に申立てをしても、ほとんどの債務者が出頭しない、または嘘をつくといった状況でした。

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櫻井弁護士

しかし、民事執行法が改正され、財産開示手続において開示拒否や虚偽の報告をした者は、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金の刑事罰を科されるおそれがあるようになりました。

これにより、前科者になってしまうプレッシャーから、債務者は出頭し、真実を話す確率が高くなり、財産開示の実効性が上がったといえます。

財産開示手続についてより詳しくはこちら

財産開示手続の改正 無視して出頭しない場合は犯罪で逮捕される!?【弁護士が解説】

5 まとめ

養育費を支払わない相手から回収するのは容易ではなく、その上、音信不通となるとさらなる困難が伴います。ご自身で対処することも不可能ではありませんが、養育費の回収はスピードが重要です。
弁護士法人アズバーズご相談くだされば、徹底的にサポートします。
(2022.6.13記事内容改訂)

 

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