学校法人中央大学の学内法務を担当する法実務カウンセルも兼務している、弁護士法人アズバーズ代表弁護士の櫻井俊宏です。
昨日,大津いじめ自殺の事件の控訴審判決が出ました。
控訴審とは、地方裁判所、高等裁判所、3回受けられる裁判の2回目の裁判です。
実際には裁判で控訴審までいく事件は稀です。
この事件は「いじめ防止推進法」ができるきっかけにもなった、社会的意味の強い件です。
この控訴審では、第1審と同様、いじめの事実が認定され、被害者の損害は約3750万円であると認定されました。
しかし「両親にも生徒を精神的に支えられなかった過失があった」とし、実際の賠償額は約10分の1の約400万円となったそうです。
この判決は妥当なのでしょうか?
学校法務を担当しており、大学の付属中学高校の件も担当している者として非常に気になるところです。
1 なぜ大津いじめ自殺控訴審判決は賠償額が10分の1になったのか
この控訴審判決で減額になった理由は、民法722条の過失相殺です。
被害者にも責任がある場合には、責任割合に応じて賠償額が減少する制度です。
例えば、交通事故で、歩行者が横断歩道のないところを渡っていて轢かれた場合等、
「過失割合」25:75
などと表現されます。
すなわち、歩行者にも25%の責任はあるので、賠償額が25%過失相殺されて、75%になるわけです。
このことから、本件では賠償額が約10%になっているのですが、朝日新聞によると、既に大津市と和解している分が引かれているからであって40%の責任が被害者側にあったということらしいです。
2 いじめられた家族の側に40%の責任がある!?
40%の責任がいじめられた家族の側にある、この結論は違和感を覚えます。
本件では、両親側にも「両親側も家庭環境を適切に整え、精神的に支えられなかった」ということを理由にしているそうです。
しかし、これではそのような義務が全ての家庭に存在するかのような書き方です。
そのような義務があるのでしょうか。
確かに、本件では、いじめられた子と親との間に多少の不和が生じていたようですが、被害者を精神的においつめたことによりその親子不和の状況を作り出したのも、他ならぬいじめを行った加害者ではないでしょうか。
それにも関わらず、交通事故の言い方だと40:60、被害者側が半分ぐらい悪いという認定は疑念を覚えます。
更に驚いたのは、先程述べたとおり、控訴審というのはなかなかない裁判なので、より高度な判断が求められるものであり、通常経験豊かな裁判官が出世をして担当します。
しかも3人の裁判官で担当します。
この仰天の内容を少なくともそのような3人の裁判官がよしとしたことが信じられないです。
本件のような損害賠償請求をすることを不法行為といいます。
不法行為の場合、損害額等は「このように法律を適用するとこのような金額になる」というものではないので、法律に縛られることなく裁判官の裁量によって決めることができてしまう面があります(民事訴訟法248条)。
だからこそ、よりバランス感覚に優れた判断が要求されるということになります。
この控訴審判決を見た限り、実際に、日常的な暴力・物を隠す等の器物損壊罪にあたる行為・蜂の死骸を食べさせようとする等の強要罪にあたりそうな行為等、過度ないじめの事実が認定されています。
それにも関わらず、このような判決が出るのはバランス感覚があるとは言い難く思えます。
また、このような判決が権威ある高等裁判所で出てしまうと、他の件への影響も少なくないと思われるので、怖さを覚えます。
3 大津いじめ自殺に関する最高裁の対応
この控訴審判決に対してもちろん遺族は上告しました。
しかし、最高裁判所は、この上告は有効なものではないとして、控訴審判決の40:60の過失相殺という結果を受け入れたようです。
にわかに信じがたい結果です。
なにか特別な事情があるのでしょうか。
控訴審判決を良く読み、分析してみたいと思います。
(2021.1.25更新)
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