中央大学の学内の法律問題全般を担当する、法実務カウンセル弁護士の櫻井俊宏です。
日本大学の田中前理事長が所得税法違反で懲役1年執行猶予3年、罰金1300万円を言い渡されました。 これ程のマンモス大学で、現役の理事長が逮捕されて犯罪成立なんて、前代未聞ではないでしょうか!
日大板橋病院の建て替えについて、リベートを受け取り、そのお金について脱税したという容疑です。
学校法人に被害を与えたということで背任罪の疑いもあると言われています。
これについて、日大側は、所得税法違反の犯罪を行った田中前理事長に、2023年3月時点で、約11億円の損害賠償請求訴訟を提起したとのことです。
日本大学 田中元理事長らに11億円損害賠償請求
「理事長」とは学校法人の仕組み・システムにおいて、どういった地位の人なのでしょう?
これから田中前理事長はどのような損害賠償を支払わなくてはならないのでしょうか?
支給を保留されている退職慰労金等は受け取れるのでしょうか?
以下のことについて解説します。
・田中元理事長が日大で行ってきたこと【まとめ】アメフトタックル問題や総長選挙
・脱税と(特別)背任罪について
・田中元理事長は退職金を受け取れるか?11億円の賠償請求は認められる?
・「理事長」等の学校法人の仕組みと問題点
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 田中元理事長が日大でやってきたこと アメフトタックル問題 総長選挙【まとめ】
田中元理事長は、日大の相撲部出身で、学生横綱にもなったことがあるようです。それは強く、人気があったようです。
日大相撲部の1年後輩には、あの有名な元輪島関がいたようですが、それよりも強かったのでは?などという噂もあるようです。
田中元理事長は、日本オリンピック委員会(JOC)の副会長まで務めたが、その頃から、暴力団関係者等との黒い噂が流れ、責任をとって辞任したようです。
しかも、今回、背任罪で先に逮捕となった他の理事の井ノ口氏は、悪質タックルで問題となった日大のアメフト部OBのようです。
この悪質タックル問題について、田中元理事長は一度も会見を開かなかったとして、批判されていました。
日大理事長、その言葉は真実か 姿なき謝罪に具体案なし
この井ノ口氏は、田中容疑者の金の番頭として振るまっていたという記事も一時ありました。
噂の田中妻の経営するちゃんこ屋で、日大の教職員の人事は決まっていたとのこと。まるで「お主も悪よのう」という逸話の「越後屋」みたいですね。
ちゃんこ屋で黒いお金が飛び交っていたのでしょうか。
また、田中元理事長が、総長選挙でお金をチラつかせ、立候補を取りやめさせようとしたという報道記事も一時ありました。
さすがにこれは「ほんとに!?」と思ってしまいますが…
やはり、田中前理事長は、日大のドンと言われるだけあって、日大の全てを牛耳る大物だったようですね。本件は、日大の黒い部分を集約したような事件である可能性がありそうですね。
2 脱税の量刑の相場感と(特別)背任罪について
田中元理事長は、脱税の罪に問われました。
脱税の法定刑は、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、または懲役と罰金両方課されることもあります(所得税法238条1項、法人税法159条1項)。
故意犯、すなわち、犯罪行為であるとわかっていながらやったという故意の認識が必要です。
でも、犯罪が成立する場合であるとしても、起訴されなければ有罪・前科とはなりませんよね?
そうです。過去の例からすると、修正申告して既に脱税分と追徴課税分を支払っていたことを前提として、1億円を超えるかどうかで起訴・有罪とまでなる率が変わってくるようです。
例えば、
・野村沙知代さんの場合 約2億1000万円の脱税 → 起訴の上、懲役2年執行猶予4年&罰金2100万円
・青汁王子の場合 約1億8000万円の脱税 → 起訴の上、懲役2年執行猶予4年&罰金4600万円
そして、最終的に、5300万円の脱税に問われた今回の件は、懲役1年執行猶予3年、罰金1300万円となりました。
上の数億の問題よりちょっと軽いぐらいの量刑であり、均衡はとれているように感じます。
今後、田中前理事長に対し、別途、背任罪(刑法247条。他人のために事務を処理するものが委託信任関係に背いて、図利加害目的で、任務違背行為をし、相手に財産上の損害を加える犯罪。5年以下の懲役)もプラスされて起訴されることはないのでしょうか…
なお、田中元理事長は、犯行時に理事長という「役員」の地位についていたので、有罪になる場合には、最終的には、役員である者に成立するより重い罪の「特別背任罪」になるのではないでしょうか。
日大は、田中前理事長について、背任罪の被害届を出すことに決めたという報道がありましたが…
背任罪は親告罪(告訴がなければ起訴できない犯罪。例えば、器物損壊罪(刑法264条)、不同意性交罪(刑法177条))ではないので、被害届はもちろん、告訴状を出さないと捜査ができないということはありません。
日大が自ら被害届を出すということは、捜査協力する可能性が高いので、捜査はスムーズに進みやすくなるということですね。
3 田中元理事長は退職慰労金を受け取れるか?11億円の損害賠償は認められる?
理事長の退職慰労金って莫大な金額ですよね?罪に問われている人間が受け取れるものなのですか?
退職慰労金を不支給にするには、大学内の規程上、最高意思決定機関の理事会の決定が必要というようになっていると思います。
今回、日大では、田中元理事長の退職慰労金を不支給ではなく支給保留とし、11億円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。
日大による損害賠償請求の訴訟は、当初報道では、不正を防止する任務を怠ったことについての代表としての善管注意義務違反とされていましたが、実際に損害を与えたことに対する請求になったようですね。
そうですね。これに対して、田中元理事長が、退職慰労金の請求の反訴を行うこともありえるのでしょうか。注目ですね。
日大に対しては、前の年には90憶円交付された補助金が、不交付となりました。
今後も、しばらくは低額に抑えられるとのことです。
この補助金不交付分の損害は請求しなかったようですね。
このように、日大側はかなり請求額を絞ってきたみたいなので、この請求額に近い額は認められる可能性が高いのではないでしょうか。
4 「理事長」「理事会」とは何か?学校法人の仕組み(ガバナンス)と問題点
そもそも学校法人の「理事長」ってどういう立場なのでしょうか?学長や大学総長とは違うのですか?
理事長というのは、学校法人の経営のトップで、代表として、学校法人が外部と結ぶ契約等を締結できるほか、経営に関する大きな権限を持っています。学長は大学という教育機関の長であり、経営の権限はほとんどありません。
理事長は、一般の株式会社等で言えば、正に「代表取締役社長」です。
私立の学校法人の場合は、私立学校法によって、この「理事長」というものについて規定されています(私立学校法37条)。
理事長には、学内の教授がなる場合もありますし、外部の一般の法人の社長だったような人がなることもあります。
また、株式会社等の取締役にあたるものとして、「理事」、取締役会にあたるものとして「理事会」があります。
理事は株式会社でいう「役員」です。
今回、田中理事長は日大の理事会に自らの辞任を了承してもらったそうです。 理事職を維持することによって、いつか復帰するつもりだったのでしょうか。なんともふてぶてしい話だと思いますね。
ただし、田中理事長は、理事を辞任することは拒否していたとのことで、12月3日に開かれた理事会によって理事職を解任されたそうです。
脱税容疑の田中容疑者 理事職は「解任」決定
話を戻しますと、学校法人は必ずしも大学だけの存在ではありません。日本大学も中央大学も、各付属校や他の施設があり、それを総合した組織体が学校法人です。
理事長は、この学校法人のトップであり、大学には大学で、「学長」という教育上のトップも置かなくてはなりません(学校教育法92条)。
このことから、大学には、理事長と学長の二本立てのトップが存在すると言えます。
リベ大の両学長は、経営上のトップではないということになっちゃいますね。
学校法人としての経営的・財産的なこと等に関する代表が理事長であり、その中にある大学の教育上の運営に関することの代表が学長です。例えば、大学の学生にあてる手紙等は、学長名で届くことが多いです。
また、学校法人によっては、「総長」という役職がある場合もあります。
我が学校法人中央大学もつい最近まで総長制度がありました。総長は実権はあまり多くなく、やや名誉職のような色合いがあります
学校法人の仕組み、ややこしいですね…。
学校法人は、その他、その公共性により、株式会社の「株」にあたる持分がなかったり、株主総会に近い存在として「評議員会」という組織等独自の組織があったり、大学には「教授会」という組織があったりと、いろいろと特殊性があります。
一般の株式会社等では、会社の所有者たる株主総会の権限がとても強いのですが、学校法人にはこの株主総会にあたる評議員会の評議員に株のような持分がなく、報酬もなく、強い権限と立場がないので、法人の代表者である理事長等、学内の者の力が事実上強くなりやすいのでしょうね。
これが不正がおきやすい土壌であるといえるのではないでしょうか。
外部のチェックが強く入りやすい制度設計が求められていくと思います。
【2023.4.1記事内容更新】