子どもの親権を持つ妻が、子どもの通学といった事情で離婚後もそのまま家に居住し続けたいと希望するケースが多く見られます。
もしその家が夫名義で、なおかつローンも夫が支払っている場合、どのようにすれば妻は住み続けられるのでしょうか。
本記事では、まず
・財産分与の基本とその流れ
について確認します。そして、夫名義の家について
・ローンを完済している場合
・ローン残高が家の評価を下回っている場合(アンダーローン)
・ローン残高が家の評価を上回っている場合(オーバーローン)
の各場合において、妻が住み続けるための方法と注意点について解説していきます。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 財産分与の基本
財産分与とは、夫婦が婚姻中に協力して得た財産を離婚時又は離婚後に分けることです。
(1)名義を問わず夫婦で得た財産が対象
対象となるのは、各人の特有財産(婚姻前から有していた財産や相続等で得た財産のように婚姻生活とは無関係に取得したもの)を除いた財産全てです。
名義に関係なく、婚姻生活で夫婦が協力して形成維持した財産かどうかがポイントとなり、家族が住むために夫名義で購入したマイホームも、もちろん財産分与の対象です。
(2)負債も含めて公平に分ける
分け方については法律上のルールはなく、後腐れがないよう「公平」に分けるしかありません。何が公平かは夫婦によって異なるのは当然ですが、話がまとまらず裁判になった場合は、裁判所は1/2ずつという判断を示すのが通常です。
複数の財産がありそれらを1/2ずつにするという場合、個々の財産を半分にする必要はなく、「車は夫、預金は妻」というように全体として半分になるように分配します。
・負債の財産分与
負債がある場合も基本的には公平に分けますが、注意が必要なのは負債自体を分け合うことはできないという点です。
負債には債権者がおり、債権者は債務者を信用して融資しています。したがって債権者の承諾なく、債務者が変わったり別人が債務者として加わったりすることはできないのが原則です。
この場合には「ローン(3000万円)支払いと家(5000万円)は夫、預金(2000万円)は妻」というように総体的な公平な結論を目指すことになります。
(3)離婚後2年以内に分ける
財産分与を請求できるのは離婚が成立してから2年間です(民法768条2項但書)。
この間に相手に話し合いを求め、難航する場合には家庭裁判所にて調停手続きをとらなくてはなりません。この期限は「除斥期間」といって、時効のように完成猶予したり更新したりはできないため注意が必要です。
2 財産分与の流れ
財産分与請求権は離婚後2年という短期間で消滅してしまうので、離婚届を提出する前に話をまとめておきたいところです。
そこでスムーズな財産分与を実現するため、おおまかな流れを確認しましょう。
(1)共有財産のリストアップ
財産分与の対象となるのは、住宅や預貯金、負債以外にも次のようなものがあります。
・現金
・生命保険や学資保険の返戻金
・社内預金や財形貯蓄
・退職金
・株式などの有価証券
・家具や家電などの動産
・自動車 等
(2)納得がいくまで話し合う
財産分与には夫婦の共同財産を分け合うという意味以外にも、慰謝料の代わり、あるいは離婚後の相手の生活をサポートするといった扶養の要素も含みます。
したがってきっちり折半であることにはこだわらず、これまでの経緯やお互いの今後の生活を見据えて各人が納得できるまでしっかり話し合うことが重要です。
話がまとまらない場合は家庭裁判所の調停手続きを利用することができます。
(3)財産分与の条件を書面に残す
話し合いがまとまったらその内容を書面にして残します。とくに一方が他方への支払いや義務の履行を予定している場合は公正証書にするのが理想です。履行が滞った場合はその公正証書をもって直ちに強制執行することができるからです。
3 夫名義の家に妻が住み続ける方法|住宅ローン完済の場合
ではマイホーム(夫名義)をもつ夫婦が離婚する場合、妻が離婚後も住み続けるにはどのような方法があるのでしょうか。
住宅ローンの有無と財産分与の内容に分けて検討していきます。なお、いずれの事例も家以外に財産はないものとします。
・家の評価額3000万円
・ローンなし
①家を妻名義に変更する
財産分与によって妻に家の所有権を取得させ、妻は夫に代償金を支払うという合意が必要です。3000万円の家であれば、夫は妻へ所有権移転登記手続き、妻は夫に1500万円の代償金支払い、両者は原則として同時に行います。
(注意点)
「代償金を抑えたい妻」「少しでも多く得たい夫」と、両者の利害が対立することが予想されます。そこで各々が不動産仲介業者に査定を求めてその平均をとる等、両者が納得いくように評価額を算出します。
妻による代償金の一括払いが困難な場合は、夫の同意を得れば分割払いにすることも可能です。その条件についても書面に残しましょう。
②家は夫名義のまま妻が家賃を支払う
財産分与によって夫が家の所有権を取得して妻に代償金を支払うことについての合意をします。
そして夫の単独所有となった家を借りるという形で妻が住み続けることになり、その際には財産分与についてだけでなく、賃貸借契約書の作成も行います。
(注意点)
妻は夫に家賃を支払わなければなりませんが、夫からの養育費等の支払と相殺するという方法もあります。
ただ、離婚した夫婦が信頼関係を基礎にする賃貸借契約を維持できるケースは多くないでしょう。
4 夫名義の家に妻が住み続ける方法|住宅ローンが残っている場合
・家の評価額3000万円
・ローン残高1000万円
ローンが残っている不動産には通常抵当権が設定されており、競売等によって抵当権が実行されると、代金から抵当権者が優先的に未回収分を受け取ることができます。
そこで実行前の不動産を評価するときは抵当権者が把握している価値、つまり残債務を当該不動産から差し引いた額を基準にします。例でいくと2000万円が家の価値ということになります。
①妻に名義変更してローンを借り換える
妻が財産分与により家の所有権を取得して名義変更、代償金として1000万円を夫に支払うという合意をします。
加えて、金融機関に対して債務を引き継ぐことの承諾を得る、又は残債務額を一括で支払って抵当権を消滅させるという措置が必要になります。
(注意点)
上述のとおり、債権者が存在する場合には夫婦間の合意だけで債務者を交代することはできず、金融機関による借り換え審査を通過する必要があります。
審査では経済的に自立しており返済能力に問題がないというレベルが求められるため、この方法をとる場合は妻は予め定職に就くなどして経済的地盤を固めてからになります。
またローン契約では家の名義人が変われば債権者は支払期限まで待つことなく残債務を一括して請求できるという「期限の利益喪失約款」が付されているのが通常です。
したがって実家からの援助等ある程度まとまったお金があるといった事情があれば、夫を通じてその金銭で一括弁済して抵当権を消滅させ、その上で家を取得するという方法が安全です。
②夫名義のまま夫がローンを返済する
理論的には、ローン残高を差し引いた2000万円の家を夫が取得、妻に1000万円の代償金を支払うことになります。
ただし夫婦の財産が家だけの場合、夫が代償金を捻出するには家を売却する必要があり、離婚後も居住希望であれば妻の代償金受取は期待できないでしょう。
そして妻は家に住み続けるために夫から家を借り受け、毎月家賃を払わなければなりません。一方、1000万円のローン残高は夫が支払い続けます。
(注意点)
一見妻にとっては有利な内容に思われますが、そうとも限りません。
まず前提として住宅ローンでは名義人が居住することが契約の条件になっているのが通常であるため、この方法をとるには金融機関に相談することが必要です。
そして金融機関から了解を得られたとしても、夫がローン支払いを滞るというリスクがあります。夫自身も新生活のための費用がかかり、かたやローンも支払い続けるというのは並大抵のことではないからです。
また、その懸念から妻が養育費等との相殺をせずに毎月家賃を支払うとした場合には、妻側の家賃滞納のリスクもあります。さらに自分は住まないのだからと考えた夫が家を第三者に売却してしまうという事態も起こり得るのです。
③リースバック
リースバックとは、一旦不動産業者へ家を売却した後に賃貸として住み続ける方法です。
たとえば上記例のように評価額が3000万円の家の場合、リースバックの売却価格は2100万円(評価額の1~3割減)前後となります。その売却代金からローン残高(1000万円)を支払い、残りの1100万円を夫と妻で分け合うという形です。
これにより離婚後は家をめぐって両者が連絡を取り合う必要がなくなり、妻は名義変更やローンの借り換えといった手続きをせずに賃貸借として住み続けることができ、夫もローンの支払から解放されることになります。
(注意点)
リースバックでは売却価格とその後の家賃は連動する関係にあります。家賃を安く抑えたい場合には売却価格は安くなり、逆に売却価格を高くすると家賃も高くなるといった具合です。
ここでも夫と妻の利益が相反することが予想されますので、売却価格だけで安直に決めずに業者も交えて納得いくまで話し合わなければなりません。
5 夫名義の家に妻が住み続ける方法|オーバーローンの場合
・家の評価額3000万円
・ローン残高4000万円
オーバーローンの不動産はその価値全部を抵当権者が把握している状態にあり、離婚する夫婦が分け合う対象にはなりません。
したがって妻が居住継続を希望する場合は、ローン(4000万円)を一括弁済し抵当権を外した上で財産分与によって所有権を取得する、又は夫名義のまま夫から賃借する方法のいずれかです。
財産分与やその後の住まいでもめている場合は弁護士に相談することをお勧めします。