例えば、大学で教員が講義中に頭に血がのぼって、学生を殴ったというようなハラスメントがある場合に、通常、教員の【懲戒処分】を検討します。
しかし、懲戒処分は、対象者の権利を十分に保障するために弁明の場など、手続をしっかり踏む必要があり、すぐには出せないことが多いです。
このような場合に、対象者が懲戒される前に自ら辞職届を出した場合は、その後懲戒処分をすることはできるのでしょうか?また、退職金はどうなるのでしょうか?
・辞職願により懲戒されるより先に退職できるか?
・懲戒解雇はどのような場合にできるか?
・懲戒処分より先に辞職願を出された場合、退職金は支給されるのか?
等について解説します。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 辞職願を出せば懲戒されるより先に退職できるか?
辞職届(辞職願)は、労働者側からの一方的な意思表示で、使用者との間の雇用契約(民法623条以下)を終了させる方法です。
サラリーマンが上司のデスクに叩きつけてみるのが夢、というアレです。とは言え、必ず上司が受け取ったことを後に証明する必要がある場合もあるので、書留付の郵便やメールで出した方がよいでしょう。
一方的意思表示なので、書面については、労働者の名義だけでOKです。
使用者との間の合意が元になる「合意退職」とは区別されます。合意退職は、書面上、使用者の名義による記載も必要となります。
そして、「辞職」の場合は、合意退職のように書面ができたその場で効力が発生するわけではありません。
通常、2週間の予告期間が必要です(民法627条1項)。会社としてはいきなり辞められると困るからです。
ただ、この点、その会社の【人事部長】が辞職願を受理した場合のように、会社が明らかにその人の辞職を容認しているような場合は、即時の辞職が裁判例上認められています(最高裁昭和62年9月18日判例)。
退職届は保留できる?
では、逆に、本件のように、辞職させたくなくて、制裁の意図をはっきりさせるために懲戒処分にしたい場合、辞職願を保留とすることはできるのでしょうか。
これに関連しては、企業側が労働者を引き続き酷使し続けたい場合に、退職を認めないというケースが続発したので、「退職代行」という行政書士等が退職を代行する業務の委託を受けることが多くなったことで話題となりましたね。
ですが、実際のところは、基本的に、退職願を保留することはできません。
退職願を作成し、写しの控えをとっておいて、書留等で会社に郵送すれば、2週間過ぎた後自動的にその会社を退職となるのです。有給休暇(年休)が残っている場合は、「有給休暇を取る」旨も添えて退職願を送っておけば良いでしょう。
懲戒処分にしたい場合は?
このことからすると、懲戒の手続に先行して退職願を出されると、2週間以内に懲戒処分を出す必要があるということになります。
辞められてしまった後の懲戒処分は基本的に無効ということです。
「懲戒されるより先に退職してやる!」という逃げ得はありえるということです。
実際の事案で、明治大学は、教授が司法試験の問題を漏洩したケースで、迅速に、発覚からすぐ懲戒解雇としたケースがあります。
きちんと大学が問題教職員を罰しているということを世間に公にしたいという場合は、このような素早い対処が必要ということですね。
2 懲戒解雇はどのような場合に認められるか?
懲戒解雇はどのような場合に認められるのでしょうか?
以前の記事でも説明しましたが、日本では、労働者が働き続ける権利は「終身雇用制」の歴史的経緯により強く保護されており、よほどの合理的理由がない限り、懲戒解雇をすることは解雇権の濫用であるとされ、認められません。
これを「解雇権濫用論」といいます(労働契約法第16条)。
【参考記事】イーロンマスクのツイッター大量解雇は許されるか?外資系企業と解雇権濫用論
この余程の合理的理由というのは、犯罪行為に匹敵するような事情や、その各々の業務に密接に関連すること(例えば、ドライバーが飲酒運転を行う等)での違法行為、労働能力や適格性が著しく低い等の事情が必要です。
例えば、自分の所属する法人の誹謗中傷を繰り返したので、懲戒解雇されたことが有効となった最判平成6年9月8日判例や、客室乗務員としての適性を欠くとのことで懲戒解雇されたことが無効となった大阪高判平成13年3月14日裁判例等が参考になります。
実際にも、私自身が、労働審判で労働者側の代理人をして、コンビニエンスストアで食べ物を窃盗したことについて、真摯に店に謝罪をし、そのときは許してもらって被害届すら出されていないにもかかわらず、懲戒解雇をされたケースがありました。誰もが知る大手運輸会社によるものです。
私達は、労働審判上で会社のやり方に異議を唱え、解雇が無効であるという結論を得ることができました。
解雇させたいような事情が軽い事情の場合は、そのことに関して使用者側が注意・警告等の軽い処分等を繰り返し、非違行為を今後行われないようにしなければならないという状態にも関わらず、それに反して本人が非違行為を続けていたというような、違法性が膨らむような事情が必要になります。
なお、懲戒解雇をしやすくするには、就業規則等に、懲戒解雇となる場合をなるべく具体的に例示しておいた方が良いです。
3 懲戒解雇処分の場合の退職金は支払わなくて良い?
懲戒解雇処分があった場合に退職金を支給しなくても問題ないのでしょうか?
この点、各学校には、通常、「懲戒解雇の場合には退職金を支給しない」という内部規程がある場合が多いです。このような規程は法律的に有効であるとされています。
しかし、退職金はその人の老後の生活を支えるものであるので、没収できる金額には限度があるということになっています。
裁判例上、全額没収ができるのはそれまでの勤続の功労を白紙帳消しにする程の非行行為が必要であるとされています。
例えば、東京高判平成15年12月11日判時1853号145頁の裁判例は、懲戒解雇による退職金の減額を認めましたが、所定金額の3割程度は支給するように命じました。
先に辞職されてしまったら、退職金は支払うべき?
では、懲戒処分より先に辞職の効果が発生した場合、学校は退職金を支給しなくてはならないのでしょうか?
このような場合も、退職金請求を認めることが「著しく不公正」と言えるような場合は、退職金の請求が権利濫用(民法1条3項)となる場合もあります。
既に支払ってしまった場合は、不当利得として取返しができる場合もあります。
日本大学の件で、元理事長の退職慰労金は支払われなかったようです。
これに対して、元理事長が支払請求の訴訟等を提起することがあるのか、気になるところですね。
4 まとめ
ここまで述べたように、懲戒解雇相当の事情が従業員に生じた場合、先に辞職届により辞職されず、懲戒処分を行うには、素早い対応が必要です。
そして、このような場合の退職慰労金は、一定程度は支払わなくてはならない場合が多いです。
懲戒解雇をされた従業員の側からすれば、裁判で争う余地があるということです。
似たような争いでお悩みの方は、私達の弁護士法人アズバーズにご相談ください。