ネットトラブルで多い「誹謗中傷」問題、今や社会的現象といってもよいでしょう。

2021年4月に、誹謗中傷した相手の住所・氏名等の情報を開示請求するプロバイダ責任制限法の改正が国会で決定されました。2022年10月頃までに実際に施行される予定です。
投稿者の特定が簡易化される方向に動いています。

本コラムでは、削除請求とは別に投稿者を特定することの意義、そして現時点におけるプロバイダ責任制限法の改正も踏まえた投稿者の突き止め方を確認し、投稿者特定後の加害者及び被害者それぞれの対処法についても解説していきます。

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櫻井弁護士

学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。

1 発信者情報開示請求をする意義

ネット上の誹謗中傷に対抗する手段としては、掲載記事の削除を依頼する削除請求と発信者を特定する発信者情報開示請求があります。ここでは削除請求ではなく、開示請求をする意義を考えてみましょう。

⑴ 削除請求と開示請求の関係

削除請求とはネット上に掲載された記事の削除を求めることで、根拠となる法律の規定はなく、判例法理に基づいて認められています。請求する相手は投稿者、サイト管理者(コンテンツプロバイダ)、サーバー管理者(アクセスプロバイダ)です。

これに対して、開示請求とはプロバイダを相手にネット上で保管されている投稿者の情報を開示させることで、プロバイダ責任制限法や訴訟手続に従って行われます。

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櫻井弁護士

両者は内容や請求相手、法的根拠も異なり、「削除請求だけ」「開示請求だけ」「削除請求と開示請求」、いずれの措置をとることも可能です。しかし、「削除請求だけ」や「開示請求だけ」を選択した場合、次のような限界があります。

・削除請求の限界

サイトの目的やテーマによっては、削除請求したことで「本人により削除請求がありました」と公表されたり、削除に応じない場合にはその理由について新たな記事が作成されたりすることがあり、かえって被害者の苦痛が増す可能性があります。

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事務員

それに悪意のある投稿者に対して削除だけでは意味がなく、投稿と削除のイタチごっこになりかねません。

・開示請求の限界

削除しない限り自己に関する記事がネット上に晒され続けることになり、被害も増大します。また、ネットカフェやホテルからの投稿では、最終的に投稿者を特定できない場合もあります。

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櫻井弁護士

したがって、ネット上の誹謗中傷に対して有効に対抗するには「削除請求と開示請求」を選択する必要があります。

⑵ 投稿者を特定した後に予定されている措置

削除請求だけではなく投稿者を特定する理由は、以下の措置をとることができる点にあります。

・削除請求(投稿者自身が削除できる場合)
・差止請求
・謝罪を求める
・損害賠償請求
・刑事告訴

2 投稿者を特定する

次に、発信者情報開示請求の具体的な内容と手続きの流れについて見てみましょう。

⑴ 開示請求の内容

① 誰が請求できる?

誹謗中傷の対象となり、名誉やプライバシーといった権利の侵害を受けた者が開示請求権者です。

② 誰に対して請求できる?

インターネット接続サービスを行うアクセスプロバイダと、インターネット接続サービス以外のコンテンツを提供するコンテンツプロバイダ(サイト管理者等)に対して開示請求を行います。

③ 何を請求できる?

開示請求の対象となる「発信者情報」は総務省令で定められています(改正プロバイダ責任制限法。以下「改正法」といいます。2条6号)。

・氏名又は名称
・住所
・発信者の電話番号
・発信者のメールアドレス
・IPアドレスとボード番号
・インターネット接続サービス利用者識別番号
・SIMカード識別番号
・タイムスタンプ

④ どのような場合に請求できる?

発信者情報の開示を求めるのは、誹謗中傷により権利侵害された場合に被害回復の手段として損害賠償請求等が予定されているからです。

そこでネット上の誹謗中傷による権利侵害の例をまとめました。

名誉棄損
公然と具体的な事実を示した上で他者の評価を下げる可能性のある言動をすること
ex.「前科者だ」「コロナをばらまいている」
侮辱
具体的な事実は示せずに公然と他者の評価を下げる可能性のある言動をすること
ex.「バカだ」「古臭くてダサい」
プライバシー侵害
他人にはみだりに知られたくない個人に関する情報を暴露すること
ex.本名・住所・経歴等の個人情報、不倫の事実
肖像権侵害
許可なく撮影された写真や公開を望まない肖像物を公表すること
ex.隠し撮り動画の投稿、SNS限定写真の公開
営業権侵害
営業活動をする利益を損なう言動をすること
ex. 「会場に灯油をまき火をつける」、「脱税してる犯罪店、糞店」

 

⑵ 開示請求の流れ

次に、発信者情報開示請求の旧法下でのおおまかな流れについて説明します。

①      コンテンツプロバイダ等に投稿者のIPアドレスやタイムスタンプを開示してもらう

コンテンツプロバイダが任意にIPアドレス等の開示に応じることはほとんどないため、発信者情報開示仮処分を裁判所に申し立てます。

②      ①で取得した情報から投稿者が経由したアクセスプロバイダを特定する

③ アクセスプロバイダに対してアクセスログの保存を要請する

④ アクセスプロバイダに対する発信者情報開示請求訴訟

実際に発信者情報を開示してもらうには④の訴訟を提起し勝訴判決を得る必要があります。

それまでにプロバイダにおけるログ保存期間(3~6か月)が過ぎてしまわないように、書面で保存を要請し、応じなければ、発信者情報消去禁止仮処分を裁判所に申し立てることになります。

アクセスプロバイダも発信者情報開示に任意に応じることはほとんどないため、訴訟手続きを経て開示を実現し、投稿者を特定することになります。

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櫻井弁護士

IPアドレスから順にたどって最終的に住所氏名が開示されるまで4~8か月が目安です。

しかし、改正法により、これらのコンテンツプロバイダに対するIPアドレスを得るための仮処分と、アクセスプロバイダに対する発信者情報を得るための訴訟の内容が、一緒になった「非訟手続」(訴訟よりも裁判所の裁量の広い手続)が創設されました(改正法8条以下)。
これにより、大幅に手間が減り、時間が短縮されることになります。

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3 訴えられた場合の対処法

投稿者を特定した被害者は法的措置を検討しているはずです。投稿者が負う法的責任は民事・刑事の2種類があります。

⑴ 民事責任の内容

① 不法行為に基づく損害賠償

投稿が原因で被害者に金銭的な実害が発生している場合には損害額を、精神的苦痛に対しては慰謝料を支払わなければなりません。

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櫻井弁護士

慰謝料金額については数十万円程度の判決や和解が多くなっていますが、中には200万円、700万円というケースもあります。

さらに、発信者情報開示請求手続きには専門的な知識が不可欠であることを理由に、弁護士費用とは別に、調査費用についても相当と認められる範囲で支払いを求められています。

② 名誉回復措置として謝罪広告の掲載

名誉権を侵害した場合には、謝罪広告の掲載を命じられることもあります。

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事務員

出版社に対して芸能人がそういった要求をしているのをテレビで見たことがあります。けど拒否した場合はどうなるのですか?

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櫻井弁護士

謝罪を拒否した場合は、被害者側が加害者名義で謝罪広告を掲載し、その費用を加害者に請求するという方法の強制執行も準備されています。

⑵ 刑事責任の内容

ネット上の誹謗中傷で成立しうる犯罪とその刑についてまとめました。

罪名 親告罪※ 法定刑
名誉棄損罪
3年以下の懲役もしくは禁錮、又は50万円以下の罰金
侮辱罪
拘留(1日以上30日未満の身体拘束)又は科料(1,000円以上1万円以下の金銭の支払い)
脅迫罪 ×
2年以下の懲役又は30万円以下の罰金
業務妨害罪
及び信用棄損罪
×
3年以下の懲役又は50万円以下の罰金
私事性的画像記録公表罪(リベンジポルノ被害防止法)
3年以下の懲役又は50万円以下の罰金

※被害者からの告訴がなければ起訴されない犯罪

⑵ できるだけ早めに示談を

被害者との間で示談が成立すれば、民事については訴訟手続に至らずに事件が終結し、刑事についても、親告罪なら刑事手続はそこでストップし、非親告罪であっても不起訴処分の可能性が高まります。

示談は重い責任を軽減できるだけでなく、「前科者」になることも回避できることがほとんどです。誹謗中傷の事実がない、人違いといった事情がない限り、弁護士と相談しながらできるだけ早く示談を取りつけることが肝要です。

4 訴えたい場合の対処法

訴えるには周到な準備が不可欠ですが、適宜、専門家のサポートを得ましょう。

⑴ 証拠の保存

問題となる投稿を証拠として保存する必要があります。スクリーンショットや印刷といった方法がありますが、いずれの場合も記事が掲載されたページだけでなく、そのURLや投稿日時も確認できるようにして保存します。

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櫻井弁護士

開示請求の動きを察知した投稿者が書き込みを削除する可能性もあります。証拠保存はできるだけ速やかに行いましょう。

⑵ 迅速な開示請求

発信者情報開示手続きを行う場合、旧法では、最終的に投稿者を特定するまでに通常3回の訴訟手続きが必要です。
その都度、法的根拠を示す必要があり、個人での対応は困難が伴う上に、時間がかかればアクセスログ情報が消滅してしまうおそれもあります。スピーディかつ確実に手続きを進めるには弁護士のサポートは必須です。

⑶ 刑事告訴したい場合は警察へ相談

犯罪が疑われる場合は警察へ相談することになりますが、いきなり警察へ行くよりも、投稿者のIPアドレスや身元を特定できた段階で相談する方が、捜査をスムーズに進めてもらえます。

5 まとめ

ネット上の誹謗中傷に対しては感情的に反論するのではなく、法的措置を検討しましょう。正当な方法を用いて相手を特定すれば、慰謝料請求や刑事告訴も可能です。

詳しくは弁護士法人アズバーズまでお問い合わせください。

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