近頃よく聞く「死後離婚」。死後離婚を選ぶ理由は様々ですが、縁を切っただけでは解決しない深刻な問題が潜んでいる可能性があります。
本記事では、まず
・死後離婚とは
・離婚との違い
・手続
・メリット、デメリット
について確認します。そして後半では
・死後離婚を選ばない生前対策
についても解説していきます。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
死後離婚とは
一般に言う死後離婚とは、民法728条2項の「姻族関係終了」の意思表示を指し、通常の離婚とは大きく異なる制度です。そこでまず、死後離婚の効果や離婚との違いについて確認しましょう。
配偶者血族との姻族関係だけを終了させる
配偶者の死亡により婚姻関係は終了しますが、姻族関係は維持されたままです。そこで生存配偶者の意思によって配偶者血族との姻族関係を終了させる、それが死後離婚です。
対象となる相手は、三親等内にある姻族です(725条3号)。
姻族
扶養(面倒をみること)の負担から逃れられる
ある人に対して第一次的に扶養義務を負うのはその直系血族及び兄弟姉妹ですが(絶対的扶養義務者 877条1項)、特別の事情がある場合には、家庭裁判所の判断で配偶者を含む三親等内の親族が扶養義務を負うことがあります(相対的扶養義務者 2項)。
つまり配偶者亡き後、義兄弟らが義親の介護ができないような場合に、家庭裁判所から扶養を命じられる可能性があるのです。
そこで死後離婚によって姻族関係を終了させれば、義親等の介護や扶養といった負担をゼロすることができます。
もっとも、核家族化が進み公的扶助が行われる現代では「特別の事情」の判断は厳格になされる傾向にあり、例外的な場合(両者の間に経済的又は道義的な貸し借りがある、同居している等)に限られています。「嫁」「婿」という理由だけで扶養命令が出ることはまずないでしょう。
とはいえ、「負担を迫られるかもしれない」という不安からも解放されたい場合には、この姻族関係終了届を選択する意味があると言えますね。
離婚との違い
「死後離婚」というネーミングが誤解を招くようですが、通常の離婚とは全く異なります。
具体的な違いを見ていきましょう。
①死別した配偶者とは離婚できない
離婚には協議離婚と裁判離婚の2種類がありますが、いずれも当事者が生存していることを前提としているため、死者を相手に離婚することはできません。
ただし「経済的事情等から相手の生存中に離婚できなかったが、死別後は自分から縁を切りたい。」と考える場合は、姻族関係終了届出と復氏届出を合わせることで心情的には離婚に近い状態にすることができます(相続等については後述)。
②復氏や再婚とは無関係
姻族関係終了届の提出の有無は、その後の復氏や再婚には影響を及ぼしません。
これも離婚と大きく異なる点で、死後離婚では以下のいずれのパターンも可能です。
・姻族関係終了届を出さないまま婚姻前の氏に復する
・姻族関係終了届を出さずに再婚(=転婚)して別の婚氏を称する(従前と再婚後の姻族関係が併存)
・舅姑と同居し、かつ婚姻中の氏を称しながら姻族関係終了届を出す
③相続権や遺族年金受給資格にも影響しない
生存配偶者には死亡配偶者の相続権があります(890条)。配偶者の相続権には財産分与の側面があるため死別によって婚姻関係が終了しても消滅せず、姻族関係の有無とは無関係です。
一方、生存配偶者には義理の家族に関する相続権は元々ないため、姻族関係終了による変化もありません。
また、姻族関係を終了させても遺族年金を受給できます。
遺族年金は亡くなった人の配偶者等遺族に支払われるものであり、姻族関係とは関係ないからです。
姻族関係終了届(戸籍法96条)の手続き
死後離婚、正式には「姻族関係終了届」の手続等について確認しましょう。
手続き
必要書類等 |
・姻族関係終了届 ・亡くなった配偶者の死亡事項が記載されている戸籍(除籍)謄本 ・届出人の現在の戸籍謄本(提出先が本籍地の場合は不要) ・本人確認書類(免許証やマイナンバーカード等) ・届出人の印鑑(訂正印として) |
提出先 |
届出人の本籍地又は住所地のある市区町村役場 |
期限 |
提出期限はない |
制度を利用できる人
遺された配偶者のみが利用でき、その際には姻族の同意は不要です。
一方、法制度上の不備として批判があるところですが、姻族側から終了届を出すことはできません。
届出したらバレる?
わざわざ姻族に、姻族関係終了届が出されたことにつき連絡がいくわけではありませんが、姻族関係終了届を提出すると、戸籍には「姻族関係終了」と記載がされます。
姻族関係が終了したからといって、亡くなった配偶者の戸籍から抜けるわけではありません。したがって姻族が戸籍を取得すれば、届出をした事実は判明します。
また介護や扶養を断る場合には、姻族関係を終了させた旨をこちらから伝えることになります。
死後離婚のメリットとデメリット
復氏や再婚とは無関係、相続や年金受給にも影響しない「死後離婚」ですが、ここでメリットとデメリットを整理しましょう。
死後離婚のメリット
一般的には次のような事項が指摘されています。ただし、法的義務として扶養命令を受けることは極めて稀であり、いずれも心理的な利益と言えます。
・義理家族の扶養義務を一切負わなくて済むという安心
・法要や墓の管理等、煩わしい姻族付き合いから解放される
・義親等との同居解消のきっかけとなる
死後離婚のデメリット
姻族関係終了届では各家庭や生存配偶者の個別事情を汲み取ることは予定されていません。この一律、形式的な処理が様々な不都合をもたらすことになります。
・「義親との関係は良好だが、義兄弟とは不仲」といった場合に対応できない
・子どもと姻族の親族関係には影響しないため、子どもとの間で確執が生じうる
・同居しづらくなった結果、住居を失う
・一旦終了した姻族関係を復活させることはできない
死後離婚を選ばない生前対策
上述の通り、姻族関係終了届には法律上の利益はほとんどなく、過去に意地悪をされた、折り合いが悪かったといった事情から、「いつか死後離婚したい」「縁を切ってやる」とお考えの方にとっては『気持ちの問題』程度の意味しかないでしょう。
これに対して、「死後離婚するしか方法がない」と思い悩まれている方にとっては、姻族関係終了届は最終手段であり、そうなる前に別の方策が立てることが望ましいこともあります。
そこで最後に、死後離婚を選ばない生前対策をケースごとに紹介します。
離婚
相手が離婚に応じない場合には家庭裁判所における調停手続を利用すれば離婚合意に至る可能性があります。また相手の不貞行為や暴力等、婚姻を継続し難い事由がある場合には裁判を起こして離婚請求することができます。
自分に有責性がある場合でも、別居期間が長い、未成熟児がいない、相手が過酷な状況に置かれないといった条件を満たす場合には離婚を認めるというのが裁判所の立場です。
いずれの場合も夫婦の財産は2分の1ずつに分けられます。
たとえ専業主婦(夫)であってもきっちり半分を取得できるというのが基本ルールなんですね。
経済的事情から離婚を見送り、相手の死後に姻族関係終了届を出すというのも一つの方法ですが、無為に時間を過ごすのではなく、人生の再スタートのタイミングを自ら選択するという方法があるのです。
分与された財産を原資に職業訓練や資格取得等に取り組み、経済的にも自立すれば、いち早く自分の人生を取り戻せるかもしれません。
遺言
たとえば子どものいない夫婦が夫側の親宅に同居していたとします。妻(嫁)が義親の世話に尽力していたところ、先に夫が死亡、その後、義親が死亡した場合、義親の相続権がない嫁は、義親宅を相続した義兄からが家から出ていくよう求められたら従わざるを得なくなります。
このような事例では、姻族関係終了届は妻にとって何の救いにもなりません。
そこで、義親の生存中に相続権のない嫁に家屋等の財産を遺贈する旨の遺言を作成してもらいます。義親にとっても遺言することで継続的な支援が期待できるため、義理の親子で取り組む終活となるはずです。
この点、義親の死後に特別寄与料を請求する方法もありますが、相続人と話合う必要があり、家屋を取得できる保証もありません。
やはり遺言を作成するのが賢明です。
任意後見・死後事務委任
義父名義の家に同居中の嫁が義母の介護にも献身的であり、そのことについて義妹も理解しており家の相続について揉めることはなさそうですが、義母に軽度認知症の疑いがあって将来的に遺産分割協議が成立するのかが不安といった場合には、第三者を任意後見人として選任して遺産分割協議に備えることができます。
また、義親亡き後の行政手続や各種サービスの精算、葬儀、お墓等、一手に担わなければならないのは負担が大きすぎるという場合には、内容に応じて第三者に委任することも可能です(死後事務委任契約)。
いずれも義親等の本人が契約を締結する必要があるため、普段から話合って粘り強く実情を訴えていきましょう。
家族信託
義親との関係は良好だが、義弟が引きこもりで不安定、心配しているが経済的に援助する余裕がこちらにはない、といった場合には家族信託という方法があります。
委託者を義親、第一受託者を夫(長男)、第二受託者を妻(長男の嫁)、そして第一受益者を義親、第二受益者を義弟とする信託契約を締結することで、義親が認知症となった場合は夫が受託者として義親の財産を守ることができます。
その後、義親や夫が亡くなれば今度はその妻が義弟のために財産を管理することになります。これにより相続とは異なる柔軟な対応が可能となるのです。
まとめ
姻族関係終了届を出しても解決しない重大な問題があることを見落としてはいけません。
死後離婚を選ばない方策を講じることが、より良い人生のカギとなります。