婚姻が破綻した原因を作った側(有責配偶者)から離婚請求することは、原則として認められていません。では協議離婚する場合、有責配偶者から財産分与請求することはできるのでしょうか?
本記事では、まず、
・混同されやすい慰謝料と財産分与の区別
について簡単に説明します。
そして財産分与のルールについて、
・配分
・対象財産
・基準時、評価額
を解説していきます。
さらに、
・財産分与請求する際の注意点
についても言及します。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
離婚時に動くお金
まずは離婚時に支払われるお金について確認しましょう。
慰謝料
離婚によって精神的苦痛を受けた方が、離婚原因となった有責行為をした方に対して請求できる損害賠償請求です。有責行為の例として不貞行為、暴力、悪意の遺棄等があります。
根拠となるのは不法行為責任(民法709、710条)です。
財産分与
夫婦が結婚生活で協力して築いた財産を離婚の際に分け合うことをいいます。分け方によっては離婚後の生計維持を目的としたり、慰謝料を加味したりすることもありますが、中心となるのは共有財産の清算です。
768条に「財産分与」が規定されています。
養育費
子どもの監護や教育のために必要な費用のことで、離婚時に未成熟児がいる場合に子どもを監護している親は他方の親から受け取ることができます。
親の子どもに対する扶養義務(877条)が根拠となります。
なお、離婚するまでの子どものための費用は、配偶者と一括して「婚姻費用」といいます。
このように離婚時には内容の異なる複数の金銭問題が同時並行で話合われます。子どもの費用である養育費と異なって、財産分与と慰謝料はともに夫婦固有の問題であるため調整しやすい反面、有責性と相俟って激しい対立を招き長期化するおそれがあります。
そこで財産分与について、有責配偶者は譲歩するのもやむを得ないのかといった問題も含めて、詳しく見ていきましょう。
財産分与のルール|一方が悪くても「2分の1」
財産分与に関するルールを確認します。
清算的財産分与の目的
婚姻生活では性別分業による格差が生じ得ます。すなわち、片働き夫婦であれば職業労働を担当する夫の所得能力が増大する一方で家事労働を担当する妻の所得能力は減少する、また、共働きの妻も夫以上に家事労働を担うことが多く夫ほど資力を増やし得ないという不平等が生まれやすくなります。こうした格差を離婚時に是正すべく、共有財産の清算である財産分与については、2分の1ルールが家庭裁判所の実務となっているのです。
したがって専業主婦(夫)で無収入であっても、財産分与によって共有財産の2分の1を取得することができます。
有責配偶者でも平等
いずれか一方が離婚原因を作ったことと離婚時までの財産形成とは何ら関連性がないのが通常ですので、有責性が財産分与の割合に影響を与えることはありません。この点、東京高判平成3年7月16日も有責配偶者(不貞行為)からの財産分与請求を認めています。
したがって「あなたのせいで離婚するのだから、財産は全部もらう」といった主張は通らなくなります。
なお、婚姻費用については、有責配偶者でも基本的には婚姻費用の請求が認められます。しかし、例えば、不貞をしたことが証拠をもって明らかであり、その不貞が離婚の主たる原因であるような場合には、自分の生活費分の婚姻費用の請求が認められない場合もあります(東京家庭裁判所平成20年7月31日審判例等)。
対象となる財産
では平等に分けるとして、どの範囲の財産が対象となるのでしょうか。
夫婦の財産には特有財産と共有財産があり、財産分与の対象となるのは共有財産です。またプラス財産だけでなく、借金といったマイナス財産も計算されることもあります。
「特有財産」
夫婦の一方が婚姻前から有する財産、及び婚姻中自己の名で得た財産(762条1項)
「共有財産」
夫婦が協力して形成した財産(名義を問わない)、及びいずれに属するか不明の財産(同条2項)
【具体例】#73e6a6
共有財産 | 特有財産 | |
プラス財産 | ・現金、預貯金
・不動産 ・自動車 ・有価証券 ・家財道具 ・保険料の返戻金 ・婚姻中と重なる就業期間に対応する退職金 等 |
・婚姻前から持っていた預貯金や不動産
・婚姻後に相続や遺贈を受けた金銭や不動産 ・交通事故等、離婚とは無関係の慰謝料 ・婚姻前の就業期間に対応する退職金 等 |
マイナス 財産 |
・婚姻中に組んだ住宅ローン
・子どもの教育ローン 等 |
・婚姻前の借り入れ
・婚姻後のギャンブルや浪費など個人的#bcebd1 |
象 | (原則として)なる | (原則として)ならない |
基準時と評価額
次に、どの時点を基準に対象財産の範囲を確定するのか、そして確定した財産の価格はどの時点を基準に評価するのかという問題があります。
対象財産の確定(基準時)
財産分与では夫婦の協力によって形成した財産を分け合うため、夫婦の協力が終了する別居時を基準に対象を確定するのが原則です。もっとも、別居後も妻が家計を管理しており経済生活に変化がない場合、事業パートナーとしては継続しているといった場合には、経済面での協力関係ありと評価して離婚時を基準とすることも可能でしょう。
このように、財産形成に夫婦がどのように協力し合うかは二人の関係や財産の種類によっても様々であり、基準日を一律に設けるのは困難です。
そこで裁判実務においては、別居日を一応の基準としつつ、個別事情に応じて裁判時または離婚時までの財産変動を考慮するといった運用がなされています。
評価額
一般的には財産の種類によって評価額は以下のように求められます。
財産 の種類 |
評価額 |
預貯金 ・負債 |
基準時の残高 |
不動産 ・株式 |
現時点での時価
なお、基準時後に売却した場合は売却価格 |
生命 保険 |
基準時の解約返戻金
但し、婚姻前の保険料支払部分については別途考慮が必要 |
退職金 | 基準時に退職したと仮定した場合に支払われる金額
ex)退職金2000万円、在職期間20年、同居期間15年の場合、同居期間割合である75%、つまり1500万円を評価額とするのが一般的 |
財産分与で注意すべきこと
ここからは、自ら離婚原因を作った有責配偶者が財産分与において注意すべきことを解説します。
請求する場合は相手の財産を調査する
財産分与を請求する場合、最も重要なのは分け合う財産があること、そして相手に清算にあてる財産があることです。自分は半分を取得できると強調したところで、ないものを分け合うことは不可能ですし、相手に清算用の資力がなければ財産分与を求める意味がありません。
そこで夫婦の共有財産はもちろんのこと、相手の特有財産についても把握する必要があります。とくに相手財産を調査する過程で、本来であれば夫婦の共有財産として計上すべきものを発見することがあります。
有責性や離婚理由とは関係なく、財産調査は確実に行いたい作業です。
調査方法
相手の財産を調査する方法には次のようなものがあります。
【1】自分で探す |
・自宅に保管された資料を探す 通帳、生命保険証書、不動産売買契約書、権利証、車検証・郵便物を確認する 生命保険会社、銀行、証券会社、役所等からの連絡書や納付用紙 ・相手のスマホやPCを確認する ・年金分割のため情報通知書を取り寄せる |
【2】弁護士に照会を依頼する |
弁護士に協議離婚の代理を任せれば、弁護士が23条照会によって関係機関へ照会を行い、回答を得られる。 |
【3】裁判所に職権調査嘱託を申立てる |
調停や訴訟時に申立をすれば、裁判所が必要に応じて関係機関等へ職権による調査嘱託を行う。たいていの機関はこれに応じる。 |
相手に清算用の資力がない場合
調べた結果、相手に清算金の準備が難しい場合でも諦める必要はありません。
慰謝料と財産分与の相殺
たとえば夫の暴力が原因で離婚するという事例で、夫が妻に支払うべき慰謝料(100万円)と妻名義の預金(500万円)の財産分与(各250万円)について、相殺できるかという問題があります。
この点、民法509条によれば、不法行為の加害者である夫から相殺を主張することはできませんが(夫は100万円を、妻は250万円を各々支払う)、被害者の妻からは相殺を主張することができます(妻が夫に150万円を支払う)。
また、一方的に相殺を主張するのではなく当事者が話合の上、慰謝料相当分を減額することも可能です(相殺契約)。
自宅の売却等
持ち家以外に夫婦の財産がほとんどないといった場合は、自宅を売却してその代金を清算するという方法がまず考えられます。それ以外にも、一方が自宅を取得して他方へ代償金を支払うといった方法もあります。
なお、自宅に残ローンがある場合は銀行などの利害関係者が加わることになり、問題は複雑となります。
不動産評価も含めて専門家に相談しながら慎重に進めましょう。
どういった内容のお金か書面に残すこと
離婚に際しては金額が大きくなる財産分与を中心に話合いが進められるのが通常でしょう。そして必要に応じて慰謝料や離婚後の援助についても話合われ、総合的な金額が決められていくものと思われます。
しかし、不区分、曖昧な金額では「払った、もらってない」「十分、不十分」といったトラブルの原因になってしまいます。
そこで一旦決まった全体金額については、その内訳を明らかにしましょう。慰謝料支払と財産分与を同時に行うのであれば、項目ごとに金額を明記した書面を作成します。
書面には支払方法や期日、支払いが滞った場合の措置についても記載し、公正証書化すれば実効性も確保されます。
期限
財産分与は離婚届が受理されてから2年以内に請求しなければなりません(768条)。これは除斥期間といい、時効のような更新や完成猶予はなく、2年の経過をもって自動的に消滅してしまいます。
これに対して、離婚後2年以内に協議、調停、裁判などで財産分与についての権利が確定した場合、この権利は10年間消滅することはありません。こちらは時効期間であり、確定した権利は一般の債権と同様に10年となるためです(169条)。
まとめ
有責配偶者でも財産分与請求することができますが、不利な話合いになるのは必至と言えます。
財産調査方法も合わせて事前に弁護士に相談することをお勧めします。