相続と聞くと「配偶者1/2、残りを子で均等にわける…」をイメージしますが、これは法定相続分のことです。
しかし、実際には法定相続分に従ってきっちり分けられるケースは多くありません。相続分には法定相続分以外にも指定相続分、具体的相続分があり、それぞれ用いられる場面や内容が異なります。本記事ではこれら3種類の「相続分」の意味をまず説明し、具体的な例をとって実際の計算方法を紹介していきます。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 3つの「相続分」
民法上明確に定義されているわけではありませんが、「相続分」には3種類あります。法定相続分、指定相続分、具体的相続分です。
法定相続分
法定相続分とは民法900条に定められている法定相続人に認められる相続割合のことですね。
ええ。配偶者には必ず相続権が与えられており、それ以外の法定相続人と共に相続することになります。
それ以外の相続人には子・直系尊属・兄弟姉妹がおり、下表の順で相続権が与えられています。配偶者以外の相続人の場合、上高位の相続人がいる場合は下位者には相続権は認められません。
法定相続人(法定相続分) | |
配偶者(1/2) |
第一順位 子(1/2、人数で等分)
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配偶者(2/3) |
第二順位 直系尊属(1/3、人数で等分)
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配偶者(3/4) |
第三順位 兄弟姉妹(1/4、人数で等分)
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一応の目安
法定相続分は戸籍上の身分関係に基づいて定められた基準です。生前、故人とどのような関係を築いたのかといった個別事情は一切考慮されない客観的な基準とも言えます。遺言がなかったり、相続人らが遺産分割協議を行ったりする際の一応の目安にはなりますが、全相続人が同意すれば法定相続分と全く異なる分配も可能です。
被相続人に対する債権者や「争族」にとっては重要
これに対して、相続債権者(被相続人に対する債権者)にとって法定相続分は重要です。債権者は遺言内容を常に把握できるとは限らず、また、遺産分割協議が成立するまで債権回収ができないというのも現実的ではありません。そこで原則として、債権者は法定相続分に従って各相続人に債務の履行を求めることができます。
また、相続人間で遺産分割協議がまとまらない場合、遺産分割調停や審判という手続きに進んでいき、最終的には裁判官が一方的に分け方を決めます。
その際、裁判官は法定相続分をベースに判断することになるため、いわゆる争いのある「争族」にとっても重要と言えます。
指定相続分
被相続人は遺言を用いて上記の法定相続分とは異なった割合を決めることができます(指定相続分、902条)。被相続人自身で決めてもいいですし、指定した第三者に決めてもらっても構いません。
遺留分に注意
指定相続分を用いれば自由度の高い相続が可能になりますが、極端に偏った配分にすることはできません。
共に生活してきた遺族の生活を安定させつつ遺族間の公平をはかるために、一定の相続人には最低限の取り分があるという遺留分制度があり、たとえ被相続人本人であってもこれに反することができないのです。
【各相続人の遺留分 相続人の組合せ】
配偶者 | 子 | 直系尊属 | |
配偶者のみ | 1/2 | ― | ― |
子のみ | ― | 1/2(人数で等分) | ― |
配偶者と子 | 1/4 | 1/4(人数で等分) | ― |
直系尊属のみ | ― | ― |
1/3(人数で等分)
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配偶者と直系尊属 | 1/3 | ― |
1/6(人数で等分)
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遺産分割方法の指定と区別
指定相続分で注意すべきは、指定できるのは相続割合だけだということです。
たとえば相続人が配偶者と2人の子の合計3人、相続財産が1千万円の土地、1千万円の建物、1千万円の預貯金である場合、「3分の1ずつ相続させる」と指定したときは、土地・建物・預貯金のいずれも3分の1ずつ分けることになります。
とくに不動産の場合はどうやって分けるかは重大な問題……。結局、分け方について相続人間で協議をする必要が生じて揉めるおそれがありますよね。
このような事態を避けるため「土地は配偶者、建物は長男、預貯金は次男に相続させる」というように、相続割合だけでなく分け方も指定する方法が遺産分割方法の指定です。混乱しやすいので注意して下さい。
具体的相続分
各相続人の最終的な遺産取り分の計算の基礎となるのが具体的相続分です。個別具体的な事情を考慮して法定又は指定相続分に修正を加えたものです。
「生前、被相続人から特別に財産を譲り受けていた」(特別受益)、逆に「被相続人のために援助した」(寄与分)といった相続人がいる場合、他の相続人と同等に扱うのは不公平です。
そこで過去の個別事情をまず相続財産に反映させたもの(みなし相続財産)に、各自の相続分を乗じて、特別受益や寄与分にあたる額を加減した上で最終的な取り分を算出することになります。詳しい計算式は後述するとして、ここでは用語の説明をします。
特別受益
民法は以下のものを特別受益としています。
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実際には被相続人の社会的地位や生活状況、さらには時代背景や地域の慣行なども考慮して判断する必要があります。
寄与分
相続人の中に、被相続人の財産の維持または増加に関して一定の貢献(特別の寄与)をした者がいる場合、その貢献度に応じて遺産取り分をプラスする制度です。
特別の寄与として評価されるのは次の5パターンです。
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寄与分についても被相続人の状況や相続人との関係性、寄与の内容が考慮されますが、金銭評価の難しいケースが少なくありません。
みなし相続財産
相続財産は相続開始時に現存するものだけではなく、上記の特別受益を加算し、かつ寄与分を差し引いた金額です。不動産や株式等の評価が必要な財産については相続開始時を基準にします。
※注意※
なお、ここでのみなし財産と税法上の「みなし財産」とは異なる概念です。
2 具体的相続分の算定
では具体的な事例に即して計算してみましょう。
計算式
具体的相続分の計算式
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① みなし相続財産額=相続開始時の遺産価格+特別受益額-寄与分額
② 一応の相続分額=みなし相続財産額×各相続人の法定又は指定相続分 ③ 具体的相続分額=一応の相続財産額-各相続人の特別受益+各相続人の寄与分 ④ 具体的相続分率=⑶の全相続人の具体的相続分総額における各相続人の具体的相続分の割合 ⑤ 現実的相続分額=遺産分割時の相続財産額×具体的相続分率 |
最終的な遺産取得額を計算する場合、このような複雑な計算式になります。
相続に至るまでの経緯を加味したみなし相続財産を想定した上で、各相続人の事情に応じて相続分に加減を施し全体に占める割合を求めて、遺産分割時の相続財産を対象に個別に算出していくことになります。
具体例
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特別受益を受けた相続人と寄与分を有する相続人が併存する場合に、どのように処理すればいいですか?
特別受益の持ち戻しと寄与分の控除は同時に行うというのが実務上の扱いです。本記事でもこれに従って算出していきます。
① みなし相続財産として特別受益額は加算、寄与分額は控除します。
遺贈分は未だ相続財産から拠出されていないため、特別受益としては生前贈与分だけが加算されます。相続財産の評価額は相続開始時を基準にします。
1億円+5000万円-3000万円=1億2000万円
② みなし相続財産に各相続人の法定相続分を乗じます。
妻A 1億2000万円×1/2=6000万円
子B、
子C 1億2000万円×1/2×1/2=3000万円
③ ②の額から特別受益額は控除し、寄与分は加算します。
妻A 6000万円-5000万円=1000万円
子B 3000万円-1000万円=2000万円
子C 3000万円+3000円=6000万円
④ ③における各相続人の全体における割合を算出します。
全体 (A)1000万円+(B)2000万円+(Ⅽ)6000万円=9000万円
妻A 1000万円÷9000万円=1/9
子B 2000万円÷9000万円=2/9
子C 6000万円÷9000万円=6/9
⑤ 遺産分割時の相続財産額に④の割合をかけたものが各相続人の最終的な取得額です。
妻A 9000万円×1/9=1000万円
子B 9000万円×2/9=2000万円
子C 9000万円×6/9=6000万円
3 まとめ
以上、具体的相続分の算定を中心に3つの相続分について解説してきました。「自分が取得できる遺産はどのくらいか?」という疑問の参考になるかと思いますが、計算できたからといってただちに他の相続人に分配請求できるわけではありません。まずは遺言書を確認し、場合によっては遺産分割協議が必要になります。
「遺言書の解釈に争いがある」「遺産分割協議ができずに困っている」等のお悩みのある方は、一度弁護士法人アズバーズまでご相談ください。
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