俳優やアイドル、企業経営者らの裏の顔を明かし、インターネット上に激震を走らせている暴露系YouTuberのガーシーこと東谷義和氏。「もう失うものがないから、すべてさらけ出したろと思って」と捨て身の様相ですが、今日現在逮捕はされておりません。
それどころか、参議院選挙に、かなりの得票をもって当選しました。今後、東谷氏はどうなるのでしょうか?
本記事ではインターネット上で芸能人らの私生活を暴露する行為に関して、犯罪の成否と逮捕の可能性、国会議員としての不逮捕特権、さらには民事責任についても言及します。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 暴露系YouTuberは逮捕されないのか?【対警察】
逮捕の前提としてどのような犯罪が成立するかをまず確認します。東谷氏はインターネット上で芸能人らの異性関係や金銭トラブルなどを赤裸々に語っています。
⑴ 考えられる犯罪
名誉棄損罪、侮辱罪、偽計業務妨害罪の成立が考えられます。
① 名誉棄損罪(刑法230条)
【原則】
この罪の特徴は、人の社会的評価を下げるような事項を、不特定多数の人が知りうるような状況に置けば、それだけで名誉毀損罪が成立するという点です。その事項が真実であっても、です。いわゆる「虚名を剥ぐ」行為も名誉棄損罪にあたるわけです。
東谷氏の暴露行為はその内容の真偽はともかく、標的にされた人物がこれまで積み上げてきたイメージ、つまり社会的評価を低下させるものです。
なお、ここでの社会的評価の低下は、その「おそれ」で足り、実際に低下させる必要はありません。
このような内容の事項をインターネット上に流した時点で名誉棄損罪が成立することになります。
※特例※
一方で、民主主義の下では正当な批評や批判は言論の自由として保護されなければなりません。そこで刑法には「公共の利害に関する場合の特例」(刑法230条の2)が定められています。公共の利害に関する事実を、専ら公益を図る目的で発信した場合、その内容が真実である場合には罰しないとしています。
しかし、芸能人のスキャンダルが公共の利害に関する事実とは言い難いでしょう。政治家等の公人はその一挙手一投足が有権者にとって判断材料となりますが、芸能人はそのような立場にはないのです。
また、得た収益で過去の詐欺被害者への返金に充てるといった内容の発言もしており、専ら公益を図る目的でもないようです。
したがって本特例が適用される可能性は極めて低いと考えられます。
② 侮辱罪(刑法刑法231条)
東谷氏による「性格が悪い」「吹けば飛ぶようなじいちゃん」等のコメントについては侮辱罪の成立が考えられます。
侮辱罪も他人の社会的評価を下げるような行為を処罰の対象としますが、名誉棄損罪と異なり具体的な事実の適示は必要ありません。「バカ」「ブス」といった抽象的な侮蔑表現を不特定多数人が知り得る状態で行えば、侮辱罪が成立します。
上記のようなコメントをYouTubeで発信する行為は侮辱罪にあたるでしょう。
なお、この侮辱罪は、刑法で最も軽い量刑の犯罪であり、懲役刑も罰金刑も科せられるものではありませんでした。しかし、侮辱により女子プロレスラーが自殺された件があったことなどもあり、2022年5月に侮辱罪の厳罰化について衆議院で可決されました。
今のところ、懲役刑も罰金刑も導入される予定であるようです。
③ 偽計業務妨害罪(刑法234条)
東谷氏による暴露話配信の後、一部の芸能人のCMが放送中止となるなどの影響が出ているようです。東谷氏は「つぶす」「作品公開のタイミングを見はからってさらす」とも発言しており、人の勘違いや知らないことを利用して業務を妨害したことになります。
そして被害者には当の芸能人のみならず、放送中止に追い込まれた企業も含まれます。
⑵ 逮捕される可能性
複数の犯罪の成立が考えられる東谷氏ですが、逮捕の可能性はあるのでしょうか?
親告罪
名誉棄損罪と侮辱罪は親告罪です。
親告罪とは検察官が起訴する要件として被害者からの告訴を必要とする犯罪です。刑事裁判では被害者のプライバシーも明らかにされることが少なくなく、その辺りを含めて被害者の意思を確認するためのものです。なお、告訴は起訴の要件ですが、逮捕の要件ではありません。しかし逮捕・捜査の目的は裁判に向けた証拠集めにあります。
つまり告訴がなければ裁判は行われず、したがって逮捕する必要もないというわけです。
そういえば東谷氏に暴露された芸能人はおおむね静観の構えですよね。
やはり刑事裁判になった場合のさらなるプライバシーの露呈や今後の芸能活動への影響を考えると、告訴には慎重にならざるを得ないのでしょう。
国会議員の不逮捕特権(憲法第50条)
国会議員となったガーシー氏は、憲法上の不逮捕特権が適用されます。
この不逮捕特権は、議員の自由な活動を守るため設けられており、国会の会期中であれば、東谷氏も逮捕されないということになりそうです。
週刊誌とのバランス
かりに名誉棄損罪や侮辱罪の被害者が告訴に踏み切った場合はどうでしょうか?それに、業務妨害罪は親告罪じゃないですし、被害者の意向に関係なく警察は逮捕できるはずですよね?
ええ。しかし、スクープ系の週刊誌の記者や編集者が逮捕されないこととのバランスから、東谷氏が逮捕される可能性は低いと考えます。
「言論には言論で対抗する」(「対抗言論」といいます。)のが民主主義の建前であり、また一億総ネット民の現代においては、被害者にも反論の機会が十分あり、警察という国家権力が私人の言論活動に積極的に関与すべきではないとの考えも根底にあるようです。
ただし、取材・編集・販売と組織的に記事を発表する週刊誌とYouTubeで暴露話を配信する個人の東谷氏を全く同一に扱えるかは議論の余地があるでしょう。実際にも2017年にSNS上で誹謗中傷された男子高校生が自殺した事件では、誹謗中傷の書き込みをした少年(19歳)が名誉毀損罪で逮捕されています。
東谷氏については表現内容やその態様、頻度、そして被害者の対応によっては逮捕される可能性は否定し切れません。
2 損害賠償は?【対被害者】
次に問われる可能性のある民事責任について解説します。
⑴ 侵害される利益
他人の権利を侵害したとして不法行為による損害賠償支払義務を負う可能性があります。
①プライバシー権・肖像権侵害
芸能人は人から見られるのも仕事のうちといえ、一般人であればプライバシー侵害と判断されるような報道が広く許容されているのは事実です。しかし、本人にとっては見られたくない極めてプライベートな事項や姿態を暴露されるのも甘受しろと言うのは酷でしょう。
携わる芸能活動に全く関係のない私事性の強い事項や姿態については、一般人と同様、プライバシー権及び肖像権が認められるというのが判例の理解です。
その場合の慰謝料ですが、10万円から50万円が相場となっています。
※MEMO※
休業中の著名な歌手の自宅で過ごす姿を窓越しに撮影した写真を週刊誌に掲載した事件では、550万円の損害賠償が認められています(東京地判H27.7.27)。
②名誉棄損
他人の社会的評価を下げる言論は名誉棄損罪が成立するだけでなく、損害賠償請求の対象にもなります。
賠償金額については被害者が個人の場合はおおむね10万円から50万円、法人の場合は50万円から100万円と高額化します。
※MEMO※
近時判例では、有名タレントが裏口入学したとする記事を週刊誌に掲載した事件について、440万円の損害賠償が認められています(東京地判R2.12.21)。
③営業利益の損失
作品公開のタイミングを狙って暴露を繰り返し、結果、公開中止にまで至ったような場合については、経済的損失についても損害賠償支払義務を負わなくてはなりません。その場合は会社に対する不法行為となり、損害額は数千万円から数億円に上るおそれがあります。
⑵ 訴えられる可能性
民事訴訟も公開される以上、更なるプライバシーの露呈というリスクが伴います。おまけにプライバシー権侵害や名誉棄損では思うほど金額が伸びないのが現状です。そのため民事訴訟も見送るというのが大方の構えのようです。
判例のように500万円前後の損害賠償を勝ち取った例もありますし、経済的損失については黙っていない会社が出てくるかもしれませんね。
ええ。紹介した民事訴訟についても訴えられる可能性がないとは言い切れないでしょう。
実際、裁判で賠償請求が認められたとしても、強制執行をしなくてはなりません。
裁判所を通した強制執行は、法律が改正され、少し強化されましたが、それでも、実際、かなり大変です。
【参考】財産開示手続の改正 無視して不出頭は逮捕される!?
そして、東谷氏は現在ではドバイにいるようです。
外国の居住者に対し強制執行を行うには、莫大な弁護士費用等がかかるので、事実上強制執行は不可能に近いと言えます。
これは、2ちゃんねるの管理責任で賠償債務を負ったひろゆき氏が、法の不備で強制執行されるのは不本意だということで、フランスへ高飛びして、全債務につき消滅時効を成立させたことにならったのかもしれませんね。
3 訴訟以外の方法
では、法的な手続き以外で東谷氏の暴走を止める方法はないのでしょうか?
YouTubeでは、差別的・中傷的な動画の投稿について不適切と判断した場合にはアカウント停止・削除処分することがコミュニティガイドラインに定められています(垢BAN)。
視聴者が画面上の『報告』をクリックして通報する仕組みになっていますが、削除するかどうかは運営側の判断に任されており、効果は限定的です。
4 最終的には視聴者のリテラシー
以上、逮捕や訴訟という法的手続きが暴露系YouTuberにとっては強力な歯止めにならないことを解説してきました。しかし「知りたい人がいるから話す」「見たい人がいるから見せる」そこに収益が生まれるのであれば態様も過激になるのは自明です。
インターネットの普及で多くの人が情報発信者となった現代、受け手側の冷静な判断がより一層重要になっています。一人一人が幅広い情報源から知見を深めつつ責任ある言論活動を行いたいものです。
【2022.7.13記事内容更新】
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