第1 はじめに-前回の振り返り

第2回では、前注及び第1に関する改正の議論状況を整理していく中で、そもそも「親権」とは何かという点について検討を加えてみました。

改めて確認すると、「親権」とは、親の子に対する権利であり義務であるといわれており、私たちの国の民法では、「親権」の主な内容として、子の身上監護権子の財産管理権が認められていると考えられています。

例えば、谷口ほか編「新版注釈民法(25)〔改訂版〕」(2004年・有斐閣)では、「親権とは、未成年の子を健全な一人前の社会人として育成すべく養育保護する職分であり、そのために親に認められた特殊の法的地位である」(53頁)や「親権とは、子を養育保護してその福祉を守るための、親に認められる特殊の法的地位にすぎない」(58頁)といった説明がされています。)。

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櫻井弁護士

民法は、親権について次のような規定を設けています。

818条
1 成年に達しない子は、父母の親権に服する。
2(略)
3 親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。ただし、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方が行う。
819条
1 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。
2 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
3(以下略)

 このように、わたしたちの国では、父母の婚姻中は共同親権が原則である旨定められているところ、離婚をした父母の子に対する親権は単独親権が原則である旨が定められています。

近年、このような離婚後単独親権が憲法に違反するとして争われた裁判例がありますので、第2の改正に関する議論状況を見る前に、その裁判例について説明をしていきます。

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櫻井弁護士

中央大学の実務講師を担当している、弁護士法人アズバーズの弁護士増田大亮(第二東京弁護士会家事法制に関する委員会委員)と、代表弁護士櫻井俊宏の監修でお送りします。

第2 東京地判令和3年2月17日判決について

1 事案の概要

東京地判令和3年2月17日判決(以下「本裁判例」といいます。)の事案は、次のとおりです。

配偶者Yとの間の離婚訴訟で、Yとの間に出生した子Aの親権者と定められることがなかったXが、国に対して、裁判上の離婚の場合に裁判所が父母の一方を親権者と定めるという民法819条2項の規定が、①憲法13条②14条1項若しくは③24条2項または④日本が批准した条約に違反することが明白であるから、民法819条2項を改廃する立法措置をとらない立法不作為に国家賠償法上1条1項の違法があると主張して、同項に基づく損害賠償の支払を求めた事案です。

事案の関係図

なお、わたしたちの国には、ドイツのように憲法裁判所というもっぱら憲法の定めが違法(違憲)かどうかを判断する機関がありません。そこで、当事者は、民事訴訟・刑事訴訟・行政訴訟のいずれかのフィールドにおいて、具体的な事件の中で憲法上の問題が生じていることを主張していかなければなりません(このような考え方を付随的違憲審査制といい、我が国は付随的違憲審査制を採用していると言われております。)。

本裁判例の事案では、Xは、離婚後に子の親権者として定められなかったという具体的な事件との関係で、民法819条2項の定めは、親権が認められなかった親権者の子を養育する権利が侵害されていることから憲法上違法(本件では13条、14条1項、24条2項違反が主張されています。)であるにもかかわらず、国会が何ら民法819条2項の改正措置を採らなかったという不作為が国家賠償法1条にいう「違法」にあたるため、損害賠償請求を行っており、離婚後単独親権の合憲性を争うために、行政訴訟のフィールドが選択されています。

2 裁判所の判断

⑴  判断枠組み

「国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり,立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして,上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって,に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。

もっとも,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして,例外的に,その立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである。(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁,最高裁27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁参照)。

したがって,本件については,本件規定が憲法上保障され,又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるか否かまた,そうであるのに,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠っているといえる場合か否かを検討することとなる。」

⑵ 憲法13条違反

民法820条をはじめとした親権制度の各規定をみると、「親権者たる親は,子について,当該子にとって何が適切な監護及び教育であるか,親権を行うに当たって考慮すべき「子の利益」が何かを判断するための第一次的な裁量権限及びそれに基づく決定権限を有するが,これらの権限は,子との間でのみ行使され,親とは別人格の子の自律的意思決定に対して一定の制約をもたらし得る形で行使されるものであるばかりか,その権限の行使に当たっては,「子の利益」のために行使しなければならないという制約があり,それが親自身の監護及び教育の義務にもなっている。そうすると,親権は,あくまでも子のための利他的な権限であり,その行使をするか否かについての自由がない特殊な法的な地位であるといわざるを得ず,憲法が定める他の人権,とりわけいわゆる精神的自由権とは本質を異にするというべきである。また,親権を,その行使を受ける子の側から検討をしても,子は,親権の法的性質をどのように考えようとも,親による親権の行使に対する受け手の側にとどまらざるを得ず,憲法上はもちろん,民法上も,子が親に対し,具体的にいかなる権利を有するかも詳らかでないから,子において,原告が主張するような,父母の共同親権の下で養育される権利,ひいては成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長する権利を有するものとは解されず,親権の特殊性についての上記判断を左右するものではない。そうすると,のような特質を有する親権が,憲法13条で保障されていると解することは甚だ困難である。」

親である父又は母と子とは,三者の関係が良好でないなどといった状況にない限り,一般に,子にとっては,親からの養育を受け,親との間で密接な人的関係を構築しつつ,これを基礎として人格形成及び人格発達を図り,健全な成長を遂げていき,親にとっても,子を養育し,子の受容,変容による人格形成及び人格発展に自らの影響を与え,次代の人格を形成することを通じ,自己充足と自己実現を図り,自らの人格をも発展させるという関係にある。そうすると,親である父又は母による子の養育は,子にとってはもちろん,親にとっても,子に対する単なる養育義務の反射的な効果ではなく,独自の意義を有すものということができ,そのような意味で,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができる。

しかし,これらの人格的な利益と親権との関係についてみると,これらの人格的な利益は,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,当該人格的な利益が一定の範囲で制約され得ることになり,その範囲で親権の帰属及びその行使と関連するものの,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。慮るに,当該人格的な利益が損なわれる事態が生じるのは,離婚に伴って父又は母の一方が親権者に指定されることによるのではなく,むしろ,父と母との間,又は父若しくは母と子の間に共に養育をする,又は養育を受けるだけの良好な人間関係が維持されなくなることにより生じるものではないかと考えられる。」

「なお,離婚に伴う親権者の指定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利等を失うことにより,親及び子がそれぞれ有する上記の人格的な利益に対する一定の範囲での制約については,当該人格的な利益が,憲法が予定する家族の根幹に関わる人格的な利益であると解されるから,我が国の憲法上の解釈としては,後述するとおり,憲法24条2項の「婚姻及び家族に関するその他の事項」に当たる,親権制度に関する具体的な法制度を構築する際に考慮されるべき要素の一つとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画すものと位置付けるのが相当である。」

⑶ 憲法14条1項違反

ア 判断枠組み

「憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきである(最高裁昭和39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等参照)。

本件規定は,裁判上の離婚をした場合に,父又は母の一方を親権者と指定することで,他方の母又は父の親権を失わせるものであり,本件規定の下では,婚姻中に共同親権者となっていた父母が裁判上の離婚をした場合に,裁判所が父母のいずれか一方を親権者と定めることとなるため,本件規定が,裁判上の離婚をした父と母との間において,親権の帰属及びその行使について区別をしているということができ,また,本件規定の下では,子が,婚姻関係にある父母であればその共同親権に服するが,父母が裁判上の離婚をすると,父母のいずれか一方の単独親権に服することとなるため,本件規定が,父母が婚姻関係にある子と父母が裁判上の離婚をした子との間において,親権の帰属及び行使について区別をしているということができる。

そうすると,このような区別をすることが事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものと認められない場合には,本件規定は憲法14条1項に違反すると解される。」

イ 憲法24条2項

「憲法24条2項・・・の「婚姻及び家族に関するその他の事項」には,親に対し,どのような形で子の監護及び教育に関する権利等を付与するかということについての法律を定めること,すなわち,親権制度の法整備も含まれていると解される。ここで,婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統,国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦,親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって,その内容の詳細については,憲法が一義的に定めるのではなく,法律によってこれを具体化することがふさわしいものと考えられ,憲法24条2項は,このような観点から,婚姻及び家族に関する事項について,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるという要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものと解される。さらに,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ家族の根幹に関わる人格的な利益を有すということができ,親権の在り方が,当該人格的な利益に関係し,一定の範囲で影響を及ぼし得るものであるから,親権制度に関する具体的な法制度を構築するに当たっては,当該人格的な利益をいたずらに害することがないようにという観点が考慮されるべき要素の一つとなり,国会に与えられた裁量権の限界を画すものと解される。

ウ 具体的な判断枠組み

裁判上の離婚をした父母の一方の親権を失わせる本件規定が,国会に与えられた前記(イ)の裁量権を考慮してもなお,その事柄の性質に照らし,そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合,又は同立法目的と区別の具体的な内容との間に合理的な関連性が認められない場合には,当該区別は,合理的な根拠に基づかない差別として憲法14条1項に違反すると解される。」

エ 本件のあてはめ

(ア) 本件規定の目的の合理性の有無

「このような(民法の親権制度が「子の利益」のために定められていること)民法の諸規定からすると,本件規定の趣旨は,離婚した父母が通常別居することとなり,また,父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際を前提とし,父母が離婚をして別居した場合であっても,子の監護及び教育に関わる事項について親権者が適時に適切な判断をすることを可能とすること,すなわち,子の利益のために実効的に親権を行使することができるように,その一方のみを親権者と指定することを定めるとともに,裁判所が後見的な立場から親権者として相対的な適格性を判断することを定める点にあると解される。

このような本件規定の趣旨に照らせば,本件規定の立法目的は,適格性を有する親権者が,実効的に親権を行使することにより,一般的な観点からする子の利益の最大化を図る点にあるということができるから,本件規定の立法目的には合理性が認められるというべきである。」

(イ) 本件規定の立法目的と区別の具体的な内容との合理的関連性の有無

子の父母が離婚をするに至った場合には,通常,父母が別居し,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となることが想定され,別居後の父母が共同で親権を行使し,子の監護及び教育に関する事項を決することとしたときは,父母の間で適時に意思の疎通,的確な検討を踏まえた適切な合意の形成がされず,子の監護及び教育に関する事項についての適切な決定ができない結果,子の利益を損なうという事態が生じるという実際論は,離婚をするに至る夫婦の一般的な状況として,今日に至るもこれを是認することができる。このような事態を回避するため,父母のうち相対的に適格性がある者を司法機関である裁判所において子の利益の観点から判断し,親権者に指定するという本件規定の内容は,実効的な親権の行使による子の利益の確保という立法目的との関係で合理的な関連性を有すると認められる

そして,前記(2)イで説示したとおり,親及び子は,子が親から養育を受け,又はこれをすることについてそれぞれ人格的な利益を有すということができ,当該人格的な利益は,本件規定によって親権を失い,子の監護及び教育をする権利を失うことにより,一定の範囲で制約され得ることとなるが,親である父と母が離婚をし,その一方が親権者とされた場合であっても,他方の親(非親権者)と子の間も親子であることに変わりがなく,当該人格的な利益は,他方の親(非親権者)にとっても,子にとっても,当然に失われるものではなく,また,失われるべきものでもない。そして,離婚をした父と母が,その両者の人間関係を,子の養育のために一定の範囲で維持したり,構築し直したりすることも可能であると考え,そうであれば,本件規定により親権を失ったとしても,子の養育に関与し続けることが可能なものとなり,人格的な利益の制約が限定的なものにとどまると考えられる一方,そのような人間関係を維持したり,構築し直したりすることができない場合には,他方親からの同意が適時に得られないことにより親権の適時の行使が不可能となったり,同意をしないことにより親権の行使がいわば拒否権として作用するといった事態さえ招来しかねず,結局,子の利益を損なう結果をもたらすものといわざるを得ない。そうすると,本件規定が離婚をした父又は母の一方の親権を失わせ,親権者に指定されなかった父又は母及び子のそれぞれの人格的な利益を損なうことがあり得るとしても,一般的に考えられる子の利益の観点からすれば,そのことはなおやむを得ないものと評価せざるを得ない。」

本件規定の立法目的が,通常,離婚をした父母が別居することとなり,また,当該父母の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となるであろうという実際論を前提とすると解される以上,離婚をする夫婦にも様々な状況があり得,立法目的が前提とした元夫婦像にそのまま当てはまらない元夫婦も実際には相当数存在し得ると考えられるから,離婚をする夫婦にいわゆる共同親権を選択することができることとすることが立法政策としてあり得るところと解され,認定事実(2)のとおり,それを含めた検討が始められている様子もうかがわれる。しかし,このような立法政策を実現するためには,離婚後の父及び母による子の養育のあるべき姿という観念論,諸外国の状況,我が国が締結している各条約の趣旨等ばかりでなく,それとともに,我が国における離婚の実情、親権の行使の実情及びこれらを含めた親権の在り方に対する国民の意識等,更に単独親権制度を採用していることによって生じている種々の不都合,不合理な事態を踏まえ,共同親権を認めることとした場合に離婚後の父及び母による子への養育に及ぼす実際の効果を,それを認めた場合に生じ得る障害に照らし,子の利益の観点から見極める必要があると解されるところ,本件証拠関係をもってしては,現段階において,国会,政府はもちろん,国民一般においても,その見極め等がされている状況にあるとは認められない。」

⑷ 憲法24条2項違反

「本件規定の内容及びその趣旨並びに単独親権制度を採用していることにより生ずる影響等は,前記(3)(憲法14条1項違反)で説示したとおりであり,同説示によれば,本件規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるとは認められない

したがって,本件規定が憲法24条2項に違反していることが明白であるとはいえない。」

3 本裁判例の解説

⑴ 本裁判例の概要

本裁判例は、離婚後単独親権の合憲性が争われた事案において、その違憲判断の対象を民法上の親権制度に限定した上(第3の2(2)柱書)、①憲法13条違反について、「子を養育する権利」は憲法13条1項で保障される憲法上の権利には当たらず(第3の2(2)ア・イ)、②憲法14条1項違反について、③憲法24条2項違反について、憲法14条1項違反で検討したとおり、民法819条2項が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き、国会の立法裁量の範囲を超えるものと見ざるを得ないような場合にあたるとは認められない(第3の2(4))とし、本件規定を改廃する立法措置を採らない立法不作為に国家賠償法1条1項の「違法」は認められず、原告の請求を退けました。

⑵ 判断枠組みについて

本件は、上記で説明したとおり、Xの国に対する国家賠償請求が認められるかという大枠の中で合憲性判断がなされています。また、本件の合憲性判断の対象は、国が民法819条2項の改正または廃止をすべきであったのにそれを怠っているという立法不作為です。

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櫻井弁護士

このように、立法不作為の合憲性が争われた場合、過去の最高裁判例は、次のような判断枠組みを示しています。

すなわち、国家賠償法1条1項は、国または公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国または公共団体がこれを賠償する責任を認めたものですから、国会議員の立法不作為が国賠法1条1項の違法にあたるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するおそれがあっても、国会議員の立法行為が直ちに違法といえるわけではないと考えられています。

それゆえ、原則として、国会議員の立法不作為は、国賠法1条1項の違法には当たらないと考えられています。

もっとも、下記の場合は例外的に国賠法1条1項の違法に当たると考えられています。

・「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合」(在宅投票制度廃止事件(最判昭60.11.21民集39巻7号1512頁))

・「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合」(在外国民選挙権違憲判決(最大判平17.9.14民集59巻7号2087頁)

本裁判例は、上記2⑴で示したとおり、本件において国賠法1条1項の違法が認められるかどうかを判断するにあたっても、昭和60年判例や平成17年判例を踏まえた判断枠組みを定めています。

⑶ 憲法13条違反について

本件において、原告は、親権とは、自らの子の成長と養育に関与する親の子に対する権利であると捉え、このような親権は、親の人格的生存に不可欠であることから、憲法13条の人格権または幸福追求権の一環として憲法上保障されている権利であると主張しています。

また、原告は、未成年である子にとっても、父母の共同親権の下で養育される権利、ひいては成人するまで父母と同様に触れ合いながら精神的に成長する権利は、子の人格的生存にとって重要であることから、憲法13条の人格権または幸福追求権の一環として憲法上保障されている権利であると主張しています。

そこで、本件では、(a)自らの子の成長と養育に関与する親の子に対する権利及び(b)子が父母の共同親権の下で養育される権利が憲法上保障されているかが争点となりました。仮に、これらの権利が憲法上の権利として保障されているとすれば、当該権利が民法819条により侵害されているかという点についてさらに検討を加えていくことになる一方、そもそも憲法上の権利として保障されていないとなれば、権利制約の有無を検討するまでもなく憲法13条との関係で合憲であると結論付けられることになります。

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櫻井弁護士

この点、親が子を養育する権利が憲法上の権利として保障されるか否かという問題について、学説では、保障されるという肯定説と保障されないという否定説とが存在します。

本裁判例は、本件で判断の対象となる「親権」とは、民法上の「親権」制度との関係で「親権」が憲法13条により憲法上の権利として保障されているかどうかという形で判断の対象に絞りをかけました。その上で、親権が「あくまでも子のための利他的な権限」であって、「その行使をするか否かについての自由がない特殊な法的な地位」であると解し、人格的利益としては認められるけれども、憲法13条による保障は認められないとして、そもそも憲法上の権利性を否定しました。

前回、そして第1で説明したように、民法上の親権が「親の子に対する権利であり義務」であって、「子を養育保護してその福祉を守るための、親に認められる特殊の法的地位」であると考えられていることからすれば、親が子を養育する権利という一つの側面のみに着目して憲法上の権利であることを認めるのは難しいように考えます。

⑷ 憲法14条1項違反・憲法24条2項違反について

ア 判断枠組み

我が国で憲法14条1項違反が問題となったケースについて、最高裁は、待命処分事件判決(最大判昭39.5.27民集18巻4号676頁)において、憲法14条1項が「国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、なんら右各法条の否定するところではない。」という判断枠組みを示し、以降、「事柄の性質に応じて合理的区別といえるか」どうかという観点から憲法14条1項違反にあたるか否かを判断してきました。

本裁判例においても、「このような区別をすることが事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものと認められない場合には,本件規定は憲法14条1項に違反すると解される。」と従来の最高裁判決に沿う形で判断枠組みを示しています。

イ 区別の有無

過去の最高裁判例は、上記判断枠組みを示した上で、(a)別異取扱いがあるか、(b)別異取扱いに合理性が認められるかという二段階に分けて憲法14条1項違反の有無を検討してきました。

本件における(a)別異取扱いの有無として、本裁判例は、(a-1)「裁判上の離婚をした父と母との間において,親権の帰属及びその行使について区別をしている」こと及び(a-2)「本件規定が,父母が婚姻関係にある子と父母が裁判上の離婚をした子との間において,親権の帰属及び行使について区別をしている」ことという2つの区別を認めました。

このような区別は、憲法14条1項が「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と述べるうち、「性別」に関する区別にあたると考えられます。

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櫻井弁護士

そこで、本裁判例は、憲法14条1項の特別法にあたる憲法24条2項をさらに踏まえて、具体的な判断枠組みを示していくという判断手法を用いました。

憲法24条2項は、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」と定めているところ、同条は、家族問題に関わる平等の問題について、関連する法制度が個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚したものであることを要請しているといわれています。

本裁判例は明示的に引用していませんが、女性の再婚禁止期間が憲法14条1項、憲法24条2項が争われた事案(最大判平27.12.16民集69巻8号2427頁)において、最高裁は、「婚姻及び家族に関する事項は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって、その内容の詳細については、憲法が一義的に定めるのではなく、法律によってこれを具体化することがふさわしいものと考えられる。憲法24 条2 項は、このような観点から、婚姻及び家族に関する事項について、具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに、その立法に当たっては、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請、指針を示すことによって、その裁量の限界を画したものといえる。」と述べ、「本件規定が再婚をする際の要件に関し男女の区別をしていることにつき、そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠があり、かつ、その区別の具体的内容が上記の立法目的との関連において合理性を有するものであるかどうかという観点から憲法適合性の審査を行うのが相当である。」という判断枠組みを示しました。

本裁判例も、再婚禁止期間違憲判決の判断手法を黙示的に踏まえ、民法819条2項が定めた離婚後単独親権という制度を設けるか否かは第一次的には国会の立法裁量に委ねるという原則論を示しつつ、憲法24条2項が掲げる個人の尊厳と両性の本質的平等に照らして当該立法が裁量権の限界を超えていないかを検討することを示し、「裁判上の離婚をした父母の一方の親権を失わせる本件規定が,国会に与えられた前記(イ)の裁量権を考慮してもなお,その事柄の性質に照らし,そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合,又は同立法目的と区別の具体的な内容との間に合理的な関連性が認められない場合には,当該区別は,合理的な根拠に基づかない差別として憲法14条1項に違反すると解される。」という具体的な判断枠組みを示しました。

ウ 区別の合理性

本裁判例は、上記判断枠組みに沿って民法819条2項の合理性について検討を進めたところ、まず、立法目的の合理性について、819条2項の趣旨を「子の利益のために実効的に親権を行使することができるように,その一方のみを親権者と指定することを定めるとともに,裁判所が後見的な立場から親権者として相対的な適格性を判断することを定める点」と捉え、このような立法目的は「適格性を有する親権者が,実効的に親権を行使することにより,一般的な観点からする子の利益の最大化を図る点にあるということができるから,本件規定の立法目的には合理性が認められる」とし、立法目的に合理的な根拠があることを認めました。

次に、本裁判例は、立法目的と区別の具体的な内容との合理性について、まず、離婚後単独親権という手段は、父母が別居した場合、通常、父母の人間関係が必ずしも良好ではなく、その結果、父母間で適切な意思疎通ができない結果、子の利益を損なう事態が生ずることから、子の利益の確保という目的に沿うとして、立法目的と手段との関連性を認めました。

〇本件規定の関連性

さらに、本裁判例は、得られる利益と失われる利益とを比較衡量した上、失われる利益として「親権を失い、子の監護及び教育をする権利」は失われるものの、親権者でなくとも親と子であることに変わりなく、離婚後も子の養育に関与し続けたり構築し直したりすることは可能として、その程度は限定的である一方、得られる利益は子の利益であることを踏まえれば、目的と手段との間の合理性は認められるという帰結に立っています。

第3 終わりに

以上で見てきたように、本裁判例は、離婚後単独親権を定めた民法819条2項が憲法13条、14条及び24条2項との関係で違憲にはあたらないとはじめて判断したものであり、地裁の裁判例ではあるものの実務上重要な意義を有しているといえます。

特に、憲法14条2項違反を検討する中で、我が国において「共同親権制度」を採用するかどうかにつき、「離婚後の父及び母による子の養育のあるべき姿という観念論諸外国の状況我が国が締結している各条約の趣旨等ばかりでなく,それとともに,我が国における離婚の実情、親権の行使の実情及びこれらを含めた親権の在り方に対する国民の意識,更に単独親権制度を採用していることによって生じている種々の不都合,不合理な事態を踏まえ,共同親権を認めることとした場合に離婚後の父及び母による子への養育に及ぼす実際の効果を,それを認めた場合に生じ得る障害に照らし,子の利益の観点から見極める必要がある」と、どのような視点に配慮すべきかという点を示したことは、現在、法制審議会で議論されている共同親権制度導入の是非を考えるにあたって重要な示唆であるといえるでしょう。

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櫻井弁護士

次回は、「第2 親子関係に関する基本的な規律の整理」について整理をしていく予定です。

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