世の中には、亡くなった被相続人の有する死亡保険金等を受け取るために、いろいろと手段を選ばない人がいます。例えば…
・癌で死亡間近の被相続人に手で添えて受取人変更の書面を書かせる人
・亡くなった方の死亡退職金をその方が所属していた会社に激詰めして自分の者にしようとするという人
このような場合、本来それらのお金を受けとるはずだった者はすぐに対処する必要があります。
放置すると、相手方が受け取ったという事実が日々既成事実となってしまうからです。
どのような対処をすれば良いのか、私が体験した上記の死亡保険金と死亡退職金の事例を元に、本記事で解説します。
学校法人中央大学の法務全般を担当している中央大学「法実務カウンセル」(インハウスロイヤー)であり、千代田区・青梅市の「弁護士法人アズバーズ」代表、弁護士の櫻井俊宏が執筆しております。
1 亡くなる2日前に保険金の受取人変更!?
【事例】(アレンジされております。)
父親Aが若くして亡くなった際の1億円の死亡保険金について、子供が受取人であったにも関わらず、死亡2日前に、Aの父親に受取人が変更されました。
Aは重度の癌で、もうしゃべる事もできない状態なのにも関わらず、受取人変更の書面を取り寄せ、受取人変更の書面にぐにゃぐにゃの文字で署名がされました。
自分の子供から自分の親への受取人変更であり、この件で不審に思った妻が弁護士法人アズバーズへ依頼した事例。
本来の受取人は子供ですが、まだこの時点で10歳にもなっていませんでした。
そこで、親権者法定代理人である母親から依頼を受けたというわけです。
まず、保険会社に、「受取人変更がされたときは本人は字を書ける状態にはなく、受取人変更は無効なので、支払いを止めてください。」という内容の内容証明郵便を送りました。
保険会社は、巻き込まれるのを避けたいと思ったのか、1億円の保険金を法務局に供託しました。
※MEMO※
このように、債務の支払いを誰にすれば良いかわからないときは、「供託」(民法494条2項。「債権者不確知」といいます。なお、「受取拒否」等でも供託はできます。)という手段をとり、責任から解放されることができます。
このような供託の債権者不確知の場合は、債権者(受取人)である可能性がある者に「供託通知書」が送られます。本件でも、子供であるこちらと相手方に供託通知書が届きました。
この供託金を誰が受け取ることができるかは定まっていないと言えます。本件では、父親と子のどちらかです。それを訴訟で決する必要があります。 そこで、供託金還付請求権が、子の方にあることを主張する訴訟を提起しました。 なるほど。父親側もこれに呼応し、供託金還付請求権確認の反訴を提起したわけですね。
供託金還付請求権確認訴訟です。結構レアなケースの訴訟だと思います。
①「受取人変更の書面」と「カルテ」の開示
この訴訟内では、私達は、実際の【受取人変更の書面】を保険会社に、【入院中のカルテ】を病院に、裁判所を通した「文書送付嘱託」という手続で開示してもらいました。
前述のように、受取人変更の書面のA本人の署名は、ぐにゃぐにゃの署名でした。これについては、父親側は、「本人は手を動かせる状態にはなく、手添えで書かせてあげた。」ということでした。
これは、カルテの内容に、その頃、本人は「身体を動かせる状態にはない。」ということが表れていたのだからだと思います。
②筆跡鑑定
また、この署名に関して、A本人の生前の筆跡と比較する筆跡鑑定も行いました。
少なくとも、A本人の筆跡とは違うとのことでした。
③子供たちを大事にしていたことの証拠提出
更に、生前、A本人がいかに子供達を大事にしていたかを示す、写真や、文章等も証拠提出しました。
A本人が子供を大事にしていたのであれば、保険金の受取人を変更するはずがないからです。
④証人尋問
その後、証人尋問が行われ、父親に対して尋問がされました。
少なくとも父親の供述内容は澱みあるものであり「この受取人変更は不審な点がある」と裁判官に思わせることはできたと思います。
最終的に和解手続で、裁判官の勧告により、こちらの子供と父親が半分ずつ保険金を受け取るという内容で和解をすることができました。 無効の手続であることの立証責任はこちらにあったことを考えると、実質的に勝訴と言えますね!
「未来のある子供の方にできるだけ財産はいくべきだ」という価値判断も結果に大きく影響があったと思います。
それにしても、死の淵にある我が息子の手に添えて、子供から自分に死亡保険金の受取人を変更するという経緯は、実際にどのような意図があったにしろ恐ろしい情景ですね…
似たような裁判例(東京地裁平成21年10月14日裁判例、東京地裁平成22年11月11日裁判例他)があるようです。
2 死亡退職金が子供ではなく親に支給されそうになった事案
【事例②】(アレンジされております。)
夫Bがやはり癌で若くして亡くなりました。
妻が勤めていた会社(東証1部上場している大会社です。)に、死亡退職金について問い合わせたところ、Bの母親が激詰めしてきて、既に代表者として受け取る手続をしているとのことでした。
不審に思った妻(既に離婚はされていました。)が母親に電話しても、母親は、何か良くわからないことをがなり立てるだけで、埒が明きません。
会社も論旨不明のことを言い、代表者である母親に支給するとのことです。
そこで、妻より私達の事務所に依頼がされた事例。
会社に電話して、「子が相続人で、母親は相続人でないのだから代表者と言えず、受け取る権利がない。」という説明をしましたが、会社も聞く耳を持たず、母親にとりあえず支給してしまおうという態度を崩しません。 そこで、私達の方で会社に対して「会社が母親に支給することによって、子供が受け取ることができなくなったら、会社に損害賠償請求をせざるを得ません。」という強めの内容の内容証明郵便を送りました。
さすがにこれで、会社は母親を代表者として支給するという態度を変えました。
後で聞いたところ、3日後には振込む予定であったようで危ないところでした。
そして、いろいろ会社との話し合いも紆余曲折はあったのですが、1の事例と同じく、死亡保険金については法務局に供託してもらいました。
①会社から死亡保険金についての規約の開示
そこで、同じく供託金還付請求権確認訴訟と同反訴が行われました。この訴訟では、まず文書送付嘱託で、会社に死亡保険金についての規約を提出してもらいました。 それを読み込むと、確かに死亡保険金の支給相手は「相続人」そのものとは違うのですが、母親に支給されるという内容には、どのように読んでも読みこむことができません。
この内容で、なぜ会社は母親に代表者として受け取らせようとしたのでしょうか。東証1部上場企業でもこのようなことがありえることに恐ろしさを感じます。
そして、いろいろ双方主張を繰り返しているうちに、この裁判では、なんと相手方の母親が亡くなってしまいました。
なので、母親の相続人が当事者となったのですが、事情が良くわからないのは当然で、訴訟を続ける気はなさそうでした。
母親はほとんどお金がなかったようで、裁判官の勧めにより、見舞金程度に母親の相続人に和解金を支払い、後は全額こちらの子供に支給される内容で終わりました。
結局、母親がお金がなかったということがこのような暴挙に走らせたのでしょう…。お金とは恐ろしいものですね。
やはり同じような事例(東京地裁令和2年6月11日裁判例その他)があるようですね。
3 まとめ
供託は、通常、賃料を、賃料額が違うと言って大家が受け取ってくれない場合(受領拒否)や、債権者の居場所がわからない場合等が多いです(民法494条)。
本件のような供託金の受取の争いはやはり稀でしょう。
死亡保険金や退職金等の大きな金銭が動く手続においては、必然、争いも生じやすくなります。その争いの内容も一筋縄ではいかないでしょう。似たような争いでお悩みの方は、私達の弁護士法人アズバーズにご相談ください。
【2023.3.1 記事内容更新】