タトゥー(入れ墨)を理由に解雇は認められる? 解雇権濫用論とその問題点【弁護士が解説】

最新時事問題の法的考察

高級寿司屋でタトゥー(入れ墨)があることを理由に職人を解雇した件に関連して、解雇された者が労働審判を提起したそうです。
解雇はこのような職務に直接的に関係しないような事由を理由として認められるのでしょうか?

①入れ墨をしていることによる解雇の裁判例はあるのか
②本件では実際にどのような点が問題となっているか
③日本の解雇法制についての問題と各企業の動向

等について解説します。

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千代田区・青梅市の弁護士法人アズバーズ代表であり、中央大学の労務全般を担当する法実務カウンセル、弁護士の櫻井俊宏です。

1 入れ墨を理由とする解雇を認める裁判例はあるのか

日本では、労働者が働き続ける権利は「終身雇用制」の歴史から強く保護されており、よほどの理由がない限り解雇は濫用であるとされ、解雇は認められません。
これを「解雇権濫用論」といいます(労働契約法第16条)。

この余程の理由というのは、犯罪行為に匹敵するような事情が必要です。
それどころか、犯罪行為があった場合であっても、それが「おにぎりを窃盗してしまった。」というような軽微な犯罪で、実際に犯罪として立件されていないような場合には、懲戒解雇は認められません。

実際に私自身が、労働審判で労働者側の代理人をして、裁判所のそのような判断を得たことがあります。

また、その業務と関係性が強い非違行為の場合は、解雇が認められやすいです。
例えば、トラックドライバーが飲酒運転をしたという場合には、解雇が認められやすいでしょう。

これより軽い事情の場合は、そのことに関して使用者側が注意又は軽微な懲戒処分を繰り返し出していて、より注意をしなくてはならないのにそれでも違反を繰り返していたというような事情が必要になります。

そして、入れ墨を理由とする解雇というものに直接当たるような裁判例はありません。

事情仙台地裁昭和60年9月19日裁判例は、タクシー会社に勤める者の解雇の事例に関し、入れ墨があったかどうかが問題とはなっています。
しかし、直接的には、その者が前科がないという虚偽の申告をしていたかどうか等のより重い争点が問題となっており、入れ墨の有無は直接の理由とはなっておりません。

 

2 本件入れ墨紛争の経緯

上記1からすると、確かに入れ墨がある従業員を雇っていることは、店としてはイメージが下がるのかもしれませんが、入れ墨が見えるところにされていたわけではなかった点からしても、本件の解雇は認められなかったそうです。
就業規則に明確に「入れ墨禁止」が記載されていれば,結論が変わった可能性もあったでしょうが…

実際、当該高級寿司屋は代理人と協議し、敗北濃厚であることをさとったのか、結論として解雇を撤回しています。

一度解雇されても、この「解雇の撤回」ということをされると、労働者側としては会社に戻るしかなく、なかなか打つ手がありません。

本件でも、労働者は寿司屋に復帰しました。
ただ、調理準備の仕事しかさせられないことを申し伝えられたとのことです。

これについて我慢がならなかったのか、以前の解雇と寮から退去を求められたことにつき、580万円の損害賠償を求める労働審判を提起したようです。

・まだそこで働いているのに労働審判を行ったこと
・復帰を認められているのに580万円と高額の賠償請求をしていること

は、他にも私がわからない事情があるのかもしれませんがどうも無茶な匂いがします。

述したように、解雇はなかなか認められません。
実際に解雇が無効となった場合は、
解雇無効を労働者が訴えてきて,勝ち筋ではないと思ったときは,本件寿司屋のように撤回するのがベストな選択です。
それにしても,本件寿司屋は「紀尾井久兵衛」というのですね。
ホテルオークラに追い出されることについて紛争を起こした銀座久兵衛とはなにか関係があるのでしょうか…

3 実質的解雇!? パソナの本社機能移転

オリンピック事業、給付金配布事業において、えげつない中抜きをしたと噂されているパソナ社が、都心から遥か遠く、兵庫県の淡路島に本社を移すという報道がされました。

新型コロナの影響で、東京・大手町から兵庫県淡路島に本社機能の一部移転を進めていた総合人材サービスのパソナグループが、今年の秋までに新社屋を淡路島に建設するという。2024年5月までに、東京本社で勤務する約1800人のうち約1200人が淡路島へ行くことになるそうだ。 Yahoo!ニュース

これに関し、パソナ社は、解雇にしたい従業員に本社異動を命じるのではないかとまことしやかにささやかれています。

さて、日本の労働法における「解雇」の法律的現状について説明した後、この噂について、似たような事案である損保ジャパンのケースも比較して解説します。

 

さて、解雇と違い、「異動」に関しては「このようなへんぴな所への異動は許せない。」と良く相談をいただきます。
ですが、不当な異動というのは労働法上、よっぽどの不当な理由が明らかになっていない限り成立しません。

パソナが本社機能を移転したのは、もちろん、コロナ禍においてリモート化が進行したことで、大きな本社ビルを都心におくことの無意味さからでしょう。

  • 都心よりも郊外の方が箱代(オフィスの賃料)がかかりません。
  • 都心の方が密でコロナの危険があります。
  • 郊外の方が通勤ラッシュを避けることができます。

このようにいいこともいっぱいあります。

しかし、いざ従業員が淡路島本社に異動を命じられると、家庭・人間関係の理由で困るのが通常でしょう。

そこで、パソナがリストラしたい従業員は、確かに、本社異動を命じられれば辞める可能性が高いので、実質的なリストラになると言えます。

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もしそのような意図があるとすれば、恐ろしく合理的な手法です。
これをやられると、先程お話したように、「不当な異動」というのはそうそう考えられないので、労働者としてはなすすべがありません。さすが給付金事業のときもいろいろ言われていた会社だと思ってしまいます…

なお、このいろいろについて少しお話しますと、オリンピック事業で、国から受け取る費用を97%中抜きして、庶務を外注しているのではないかという疑いがもたれていて、もはや「中抜きのパソナ」として有名になってきています。
パソナ「利益10倍増」の衝撃!コロナ禍と東京五輪でぼろ儲けのカラクリ

そして更に、2021年11月には、今度は18歳以下への給付金について、現金給付であれば配るのに300億円の経費で済むところ、クーポン給付があることにより、1200億円の経費を予定していたということがありました。

確かに、「中抜きは」、担当者に対しキックバック等がない限りは、「法的には合法」ではあるのでしょう。
しかし、だからこそ、政権というものを使った問題のある利権行為だと思います。

皆様は、この問題に対して反抗の声を高らかに上げ、ストップをかける必要があるように思います。

 

4 損保ジャパンのワタミ介護事業買収

この実質リストラの話を聞いて損保ジャパンのケースを思い出しました。

損保ジャパンは、あの「ワタミ」の介護事業部門を買い取ったそうです。

このときも言われていたのが、損害保険というものに携わりたくて損保ジャパンに入った人が、介護部門に突然移されても、どうにもならないし、辞めるしかないです。
そうだとすると、介護部門への異動命令は実質的なリストラではないかと。

もしそうだとすれば、パソナは地域的距離を生かして、損保ジャパンは業種の違いを生かして、という違いはあるものの、不本意なところに追い込んでの「実質リストラ」という構図はほぼ同じといえるでしょう。

実際かなりの人数が介護部門に移ったそうですが、その後、どうなっているのでしょうか。

5 まとめ

結局、このような裏技的方法が現れているのは、それは、過度に労働者を解雇しにくい日本の法律が現代にそぐわなくなっているのでしょう。

大手でも給与が年功序列でなくなっている等、終身雇用制は崩壊し、仕事に人をつける「ジョブ型雇用制」に変わっていくだろうと言われています。

先述のように、他の国ではここまで解雇をするのは、法律上難しくありません。
解雇することが困難を極めるとなると、従業員も安心して、向上の意欲を失ってしまう可能性もあります。

解雇が当たり前の世の中になっても、転職が当たり前の世の中になればいいだけのことです。

解雇権濫用論は見直しを迫られているのかもしれません。

 

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櫻井 俊宏

櫻井 俊宏

「弁護士法人アズバーズ」新宿事務所・青梅事務所の代表弁護士。 中央大学の法務実務カウンセルに就任し7年目を迎える。

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